コラム:若林ゆり 舞台.com - 第19回
2014年11月17日更新
第19回:伝説の映画スターが抱える葛藤のすべてを、たった数時間のドラマと歌であぶり出す「マレーネ」の芳醇
映画の誕生から今日まで、伝説を生んだ女優は数多くいるが、この人ほど“伝説”そのものに存在感のある女優はいないだろう。マレーネ・ディートリッヒ。銀幕の女王はいったいどんな人間だったのか? その実像に演劇で迫ったのが、イギリスの女流劇作家、パム・ジェムスだ。「ピアフ」(最近では大竹しのぶの主演版が評判を呼んだ)で知られるジェムスの代表作で、日本ではこれまでに黒柳徹子、故・大浦みずきさんが演じた音楽劇「マレーネ」に、今回は旺なつきが挑む。演出は、イギリス演劇に造詣の深い三輪えり花。和やかな空気の中、面白いように芝居が磨かれていく稽古場を訪問させてもらった。
「いままでに実在した人を演じる機会はけっこう多かったんですけれど、今回はことに難しいですね」と、旺なつきは柔らかな表情で言う。「たとえば、ジュディ・ガーランド(『ジュディ・ガーランド』)なら13歳から47歳まで、コレット(『コレット・コラージュ』)のときは17歳から81歳までとスパンがあったので、その人が成長して、老いていく過程を長い目でとらえられたんです。でも今回の作品で描かれるのは、永遠の大スターと言われるマレーネ・ディートリッヒの、しかも晩年、70がらみの彼女が行ったパリ公演の、楽屋入りからコンサートが終わるまでの数時間だけ。その集約された時間の中に、彼女がいままで背負ってきた貴族の出自や2つの大戦、恋愛、結婚や出産などといった経験が、すべて匂わなきゃいけない。たいへんですけど、がんばって肉づけしていけば、何時間かのことだからこそ面白いというのもあると思うんですよ」
ポスター・ビジュアルを見て、驚いた人もいるのでは? メイクをした旺の容姿は、マレーネに生き写し! でも、実在の人物を演じた経験が豊富なだけに「そっくりショーをやるんだったら何の意味もない」と旺は言う。「でも、ふっと『えっ!? 彼女がいる?』と思わせる瞬間は絶対になきゃいけないと思いますので、自分が解釈したマレーネという人間を表現するために、彼女が出そうとした雰囲気や、歌うときのちょっとした仕草なんかはぜひ取り入れたいですね」
登場人物は3人。マレーネのほかには、パリ公演で彼女の身の回りの世話を担うヴィヴィアン、そしてユダヤ人で口のきけなくなってしまった老婆の付き人、ムッティだけ。
「『ピアフ』のときもそうだったんですけど、女性だからわかるのか、女性だから容赦しないのか(笑)、かなり強烈な切り込み方で。ジェムスにだから描けたマレーネというのがある。ただ傲慢でヒステリックな女なのではなくて、そんなふうに爆発するには彼女なりの理由があるということなんですね。マレーネはとにかく、1人でいる時間以外はつねに“マレーネ・ディートリッヒ”を演じ続け、演出し続け、頑なにイメージを守り続けた人。そこにはマレーネの論理というのがあるんです。人は責任を果たさなければならないとか、もらったギャラに見合う仕事をしなければいけないとか、自分は永久に死なない人間だと人々に思わせなければいけない、決して堕ちない偶像を演じ続けなければいけない、etc.。それを厳格に守ろうとしてイライラするし、どんどん年をとっていきますから、昔の顔とは違ってしまった自分の顔が鏡の中に映る。昔なら走れたのに、足が踏み出せなかったりする。自分が絶対にやらなきゃいけないと思っていることと、そうはできない現実とのギャップ。マレーネは、その中で揺れ動くんです」
コラム
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka