コラム:若林ゆり 舞台.com - 第128回
2024年12月13日更新
ニューヨーク公演を大成功させた「進撃の巨人」-the Musical-のエレン役、岡宮来夢が次に見る夢は?
日本が世界に誇るポップ・カルチャーといえば、漫画、そしてアニメ。世界中どこへ行っても、日本の漫画、アニメに熱狂するオタクたちがいる。だから、2次元世界のキャラクターを生身の俳優たちが舞台上に再現する「2.5次元」こそ、世界に見せるべきだ。ずっとそう思っていた。そしてついに、ミュージカルの本場であるニューヨークで、10月に日本発2.5次元ミュージカルの上演が実現! 快挙を成し遂げたのがこの公演でよかった、と心から思える作品で。言わずと知れた、諫山創氏による傑作漫画「進撃の巨人」のミュージカル版だ。
ニューヨーク公演のチケットは全公演完売、観客を熱狂させ大成功を収めた。理由はいくつもある。原作の素晴らしさはもちろん、世界的なダンサーでもある演出家の植木豪が、超実力派ダンサーや俳優たちの身体能力を生かした驚くべき表現。最新のテクノロジーとアナログな演劇的手法を駆使して創意を凝らした演出。ダイナミックな巨人表現などなど、2.5次元ミュージカルでしかあり得ない、2.5次元ミュージカルだからこそ得られる衝撃と深い感動が、観客の心を鷲づかみにするのだ。
しかし何よりすごいのは、キャスティングの完璧さ。「キャラを忠実に再現する」ことに何よりも重きが置かれる2.5次元だが、本作のキャストは「再現度」と「表現力」が見事なまでに合致。なかでも主役、エレン・イェーガーを演じた岡宮来夢は誰もが納得、賞賛せずにはいられない体現ぶりだ。その名の通り、夢を叶えた岡宮に話を聞いた。
本作が初演の幕を開けたのは、2023年1月。岡宮は出演が決まったときから、製作陣より「世界に持って行きたい」という野望について聞いていたのだという。
「まだそのときはニューヨークで上演するということが決まっていたわけではないんですが、稽古の顔合わせのときから(植木)豪さんも『世界を、ニューヨークを目指してみんなでがんばっていきたい』とおっしゃっていて。みんなの士気が上がりました。植木さんご自身もそうですけど、キャストにはヒップホップだとかバレエだとか、シルク・ド・ソレイユなど、多岐にわたるジャンルで世界チャンピオンレベルの戦いをしてきたダンサーさんたちがたくさん揃っていますから」
「初演の稽古はまず振付稽古から始まったんですが、まず全員で踊るナンバーの振りを稽古した時点で『これはすごい、世界で戦っている人たちのレベルはハンパない!』と感動して。構成も揃い方もテクニックもですが、とにかくエネルギーがすごいんです。それを肌で感じて『これは実際に世界へ行けるんじゃないか』と、正直、そのときから思っていました」
そしてブロードウェイの近くに位置する劇場(New York City Center)で、実際に公演を行うことに「最初はもう本当にドキドキしたし緊張した」というのも当たり前。
「上演が決まってから、ニューヨークへ下見に行ったのが僕にとって初めての海外旅行だったんです。そこで『Some Like It Hot(原作映画の邦題は『お熱いのがお好き』)』などのミュージカルを観劇して、圧倒されました。言葉はわからない部分もあったんですが、わかる。舞台から放たれているエネルギーはすごいし、客席からのエネルギーもすごくて、『うわぁ、これが本場のエンタテインメントか!』とすごく実感して」
「『ここで僕たちは勝負するのか』と思うと、怖い気持ちもありました。しかも、その真ん中に立つわけですから。観客に『日本のミュージカルってこの程度か、主演がこんなもんか』と思われたらどうしよう。それとも『あの子いいね』『日本のものづくりは、そのクオリティはすごいね』と思ってもらえるのか? 本当に不安でした」
その不安を払いのけ「見てくれ、これが僕たちのジャパニーズ・クオリティだ!」と誇らしい気持ちになれたのは、どのタイミングだったのか?
「ニューヨークへ行ってからも、何もかもがハイクオリティな現場だったので、少しずつ自信はもてていたんです。現地のスタッフさんとのコミュニケーションもうまくいって、僕らの安全をつねに考えてくださっていたので、本当に安心して場当たりを行うことができました。たとえば立体機動装置のワイヤーアクションは、チェックがとてもシビアな中、かなり難易度の高いことをやっているのにまったく危険を感じない。稽古もスムーズで不安なく飛ぶことができて、『日本の技術ってすごいな』と感じることが何度もありました。それでも責任が重大ですし、自分の体調管理を含めて『大丈夫なのか』という不安はなかなかぬぐえなかった」
「不安が消えたのは、初日の幕が開いた瞬間です。客席からすごい歓声が響き渡ったんです。それだけで現場が『うわー』と盛り上がって、『やってやるぞ』という目に変わりましたね。海外でも進撃ファンの熱気はすごいですし、その熱気を感じて僕も『見てくれ!』という気持ちになりました。楽しんでいただけているのが伝わって、本当に、類を見ない経験でした」
コラム
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka