コラム:若林ゆり 舞台.com - 第123回
2024年3月29日更新
アンナを演じるのは、元宝塚トップスターの明日海りお。彼女の目に映る王は、尊大で時代錯誤な価値観の持ち主で頑固なのだけれど、勉強家で努力家で、公正な判断力も俯瞰力もあり、子どもっぽい純粋さをも持ち合わせている。実にチャーミングな人物だ。
「『パズルメント』という曲で王が歌っているように、すごく重大な決断を迫られる状況の中で、彼なりの苦悩がありますよね。子どもたちに英語の教育を受けさせなくてはならないというのは、なぜなのか。そのあたりは作品の中で描かれていませんが、それは彼が時代の変化を感じていて『これからは違うぞ』と考えているからだと。すべての行動に『なぜ、なぜ?』という思考があると考えると、いろんな感情が出てくるなと思っています。王は頑固にも見えますが、国民のため、国のためにこの先どうすべきなのか。王は王でいなければならないし、先祖の代からやってきたことをいまどうすべきか迷いながらも、弱いところは見せられない。僕の捉え方では頑固と言うより、愛情ゆえに苦悩している人間だと感じています」
アンナと王は正反対に見えてウマが合うのは、「愛ゆえに苦悩している」部分が似ているからだ。
「アンナが来てお互いにぶつかりますが、その裏側に愛情があるというのは、立場やキャラクターが似ていると気づいてお互いを理解するようになるからですよね。彼女は異国の地で、息子を守らなきゃいけない。母親としてすごく強い愛情があるし、家を得るために闘い続けるのは頑固というより愛だと思います。愛ゆえに頑固にならざるを得ない、それをお互いに気づいて、双方を理解していく。アンナの人間的な大きな愛情とやさしさが、時に王を素直にさせて、アンナとの距離を急接近させるのではないか。その過程もわかりやすく出していきたいと思っています」
今回は演出家・小林香が翻訳・訳詞を書き直し、演出をリニューアルすることも、北村のモチベーションに火をつけた。本作は70年以上前につくられただけに、古く見えかねない部分があったが、「新しい時代のフィルターを通して」(小林)刷新するという。
「王は、国を取り巻く環境や価値観がものすごいスピードで激変する時代にあって『どう変わっていくべきなのか、変わらずにいるべきなのか』と悩むわけですよね。この状況は、いまの日本ともすごく似ていると思います。いまはコンプライアンスが問題になって、いままでは当たり前だった価値観が『ノー』と言われる時代。何がよくて何が断罪されるんだかわからなくて混乱するし、王の悩みに共感できる点がたくさんあると思う。だからこそ、いま上演する意味がすごく大きいと思います」
「作品づくりにおいても、何でも新しくするのが一概にいいとは言えませんが、やはりいまだからこそできる、いますべき表現というのがあると思うんです。たとえば僕はミュージカルで歌を聞いていると、よくわからないところが出てくることがあります。聞いていて区切り目がおかしかったり、普段使わないような言葉を歌っていたりするのを聞いて『んん?』ということがよくある。それはやはり苦手だなと。もちろん英語で作っているから日本語に当てるのが難しいのもわかりますが、和訳するときは上面を訳すのではなく、その歌詞が何を言いたいのかという部分が大事ですよね。それは小林さんとお話した中でも共通認識だったので、小林さんの感覚で違和感がないように作っていただいて、その言葉で自分がミュージカルの力を示したいと思っています」
こだわっているのは、「感情をいかに伝えるか」ということ。ミュージカルに偏見をもっている人たちの考えを変えたい、と意気込む。
「やはりミュージカルといえども、僕は芝居を見せたいですね。もちろん歌もダンスもプロのレベルでできて、初めてそう言えると思っています。『ミュージカルは急に歌い出すから違和感がある』という方もいるじゃないですか。そういう人たちに『あれ、全然違和感なかった、ミュージカルってこんなに楽しいんだ、感動できるんだ!』と思わせたい。王のいろいろな感情を、いままでにないほど深く濃く、お客様に感じてほしいなと思っています」
「王の苦悩という部分では、セリフや歌詞をどういうふうに僕が言う(歌う)かで変わるとも思っていて。たとえばいままで演じてこられた方々が強く歌っているところも、僕は『ここは弱くしよう』と思っていたりしますし。ユル・ブリンナーから日本でも松本白鸚さん、松平健さん、高嶋政宏さん、渡辺謙さんといろいろな人たちがいろいろな形で表現されてきた役ですが、その頑固さの裏側とかいろいろな部分が、もっとフィーチャーできるのではないかと思う部分があります」
「僕は台本をもらうと掘り下げて広げるということをよくするのですが、いまの時代から見て変えられるところは変えながら、もう少しこの本を深掘りする設計図を考えたとき、感情をデフォルメすることによってお客様に伝えられることがあるんじゃないか。僕は自分が『いい本だな、感動できるな』と思っているのは、今話したような登場人物たちの愛情深さだと思っているので、王の内なる愛情を強く押し出したいですね。これは僕にとって、俳優としての自分を進化させるチャンス。観た人の人生を変える、自分の人生も変える、くらいの作品にしようと本気で挑んでいます」
ミュージカル「王様と私」は4月9日~30日に東京・日生劇場で、5月4日~8日に大阪・梅田芸術劇場 メインホールで上演される。詳しい情報は公式サイト(https://www.tohostage.com/thekingandi/)で確認できる。
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka