コラム:若林ゆり 舞台.com - 第119回
2023年10月20日更新
ファイン監督は子どものころ、好きだった本「宝島」の舞台を見て「俳優になろう」と決めたという。やがて俳優としてキャリアを築いていたファインが、映画作家として活動するようになったのは「物語」への愛からだった。
「俳優をしていると、撮影と撮影の間に長い待ち時間があるんだ。私はその時間を無駄にするのは嫌で、いつも頭の中でストーリーを作り、書くことに費やしていた。そして24歳のときに初めて脚本を書いて、それを売ったんだ。それから気づいたんだが、脚本を書いて、それを他の人に作らせても、私の頭の中で描いていたような作品になるとは限らない。だから思い通りに語りたかったら、自分で脚本を書いて、自分で監督して、自分でプロデュースするしかないと思った」
「私が語るストーリーはたいていの場合、自分自身の中で格闘している何か、挑戦している何か、興奮している何か、恐れている何かから始まる。そして最終的に見えてくるのは、人間なら誰もがもっている普遍的な葛藤なんだ。私たちは誰でも、恋に落ちたことがあるし、喪失を経験しているよね。だから、それを描いた物語は共鳴を呼ぶ。その共感は私たちみんなを繋げ、互いに対する理解を深める力があると思っているんだ」
彼が映画「チョコレートドーナツ」で観客に伝えた物語は、日本で舞台作品に生まれ変わり、新たな感動を呼んでいる。ファイン監督が宮本亞門から舞台化のアイディアを最初に聞かされたのは、2015年のことだった。
「映画を作ったときから、舞台化できるということはわかっていたんだ。実際、アメリカで舞台化に向け、プロデューサーと話をしたことも何度かあったんだよ。でも実現には至らなかった。亞門から舞台化のアイディアを聞いたのは、日本で映画が大ヒットしたことを受けて来日したときだ。そのとき亞門と京都で初めて会って、彼が演出した舞台(『降臨』)を見た。視覚的で音楽的で、壮観だった。素晴らしい才能を感じたよ。彼は、映画をどんなふうに舞台化したいのか、そのビジョンを語ってくれた。ほかにも人生について、愛について、演劇について、情熱について、映画について、時を忘れて語り合ったんだ。彼の作品にかける情熱は明らかだったし、物語に対する理解の深さもよくわかった。そのときから私は『彼なら間違いない』と確信し、彼に最大限の信頼を寄せているんだ」
そして20年末に、世界で初めての舞台版「チョコレートドーナツ」が日本で開幕。しかし、このときはコロナ禍という壁が立ち塞がり、ファインは観劇を諦めざるを得なかった。そして23年、ついに望みの叶う日が来た。
「初演を観劇する機会が失われたとき、一生に一度の機会を逃したと思っていたんだ。でも今回、また愛してやまない日本に戻ってきてこの舞台を見られたことは、私の生涯で得られる最高の贈りものだと思っているよ。素晴らしい、美しいショーだった。亞門やパルコのチームがこの作品のためにしてくれたこと、映画に新たな生命を吹き込んでくれたことがどんなに素晴らしかったか。絶妙だったよ。亞門が加えた変更点のいくつかは、私が映画を撮るときに考えておけばよかった、と思えるものだった」
「俳優たちは驚くべき才能をもった人たちだ。東山(紀之)がルディに命を吹き込んだ仕事も、まるで魔法のようだった。まるでアラン・カミングが舞台に舞い戻ってきたかのように感じた瞬間もあったよ。ポールを演じた(岡本)圭人も素晴らしく、映画でギャレット・ディラハントが見せた演技の美しさ、情熱、力強さといったすべてを備えていた。マルコを演じた若者(丹下開登/トリプルキャスト)が、観客の喝采にエキサイトしている光景を見るのはハッピーだった。初日は幕が下りた後でも拍手が鳴り止まず、再び幕が上がった後も彼はもっと拍手を求めて、幕が下りるのを拒んでいるかのようだったんだ。本当に、本当に美しい光景だった」
初演に比べてさらに磨かれ、深みを増したステージ。いつか、この作品をブロードウェイで見られる日が来るかもしれない。
「私も心からそう願っている。アメリカに帰ったらまずアラン・カミングに連絡して、このショーがどんなに素晴らしかったか伝えたい。ギャレットにも、マルコを演じたアイザックにも伝えて、彼らに再び演じてもらいたい。あの3人ならできると思うし、美しいショーになるだろう。亞門に演出してもらってね。彼のビジョンをブロードウェイに持ち込めば、きっと成功間違いなしだと思っているよ」
PARCO劇場開場50周年記念シリーズ「チョコレートドーナツ」は、10月31日まで東京・PARCO劇場で上演中。以後、11月3日~5日に大阪・豊中市立文化芸術センター 大ホールで、11月10日・11日に熊本・市民会館シアーズホーム夢ホールで、11月16日に宮城・東京エレクトロンホール宮城で、11月23日に愛知・Niterra日本特殊陶業市民会館フォレストホールで上演される予定。詳しい情報は公式サイト(https://stage.parco.jp/program/choco2023)で確認できる。
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka