空白のレビュー・感想・評価
全404件中、141~160件目を表示
理不尽だけど誰にでも起こりえる
自己中おじさん、正義おばさん、何考えるのかわからん若者、、、登場人物全員周りにいると思う。
自分だけは誰にも当てはまらないと思いたいが残念ながら理不尽な出来事は何時でも誰にでもふりかかる。
そのやるせなさを丁寧な演技と演出で描かれていてよかった。
重厚な脚本と確かな演出
また傑作が生まれた。間違いなくアカデミー賞を争う一本になるだろう。
被害者が加害者となり、加害者が被害者ともなる。誰もが善人であり悪人である、表裏一体のリアルを描く。世の中とは、人間とはそういうものである。
様々な社会問題が入り組む現代で、正義の反対は正義であり、どう折り合いをつけていくのか。
開始数分で衝撃的な冒頭で始まり、『ヒメアノ〜ル』を彷彿とさせる息を呑むタイトルバックだった。緊迫した空気で心拍音だけが響く。
吉田恵輔監督は緊張と緩和が巧みである。
一気に核心に進み、そこからどういう展開になっていくか気になったが、想像を超える物語があった。
メディアの情報操作と表面的な情報だけを信じて叩き合う人々。その殺伐とした世の中を具体的なシーンで観ている者に実感させる。
さらりとDVやいじめ、環境問題も練り込んでくる。
胸が苦しくなる映画だが、最後には温かい涙が溢れる。
相手のことを思いやりほんの少しの優しさを持つだけで、人と人は、世の中は変わっていける。
(ネタバレになるので詳細は語らないが)一つ大きな部分が描かれていない。松坂桃李演じる店長の罪の呵責から想像する内容になっている。
古田新太の鬼気迫るが人情あふれる男がそこに存在していた。役を生きる演技力と存在感で惹きつける。
いったい誰が被害者で、誰が加害者なのか?
被害者面をしているけど事の発端になっている人
加害者扱いされているけど同情を禁じ得ない人
いったい誰が被害者で、誰が加害者なのか?
この映画を観た人は、そんな感想を持つでしょう。
とても分かりやすくて衝撃的なストーリー
重たい余韻を残し、観る人に考えさせるエンディング
俳優さん達の演技もいいし、
映画.comでの評価が高いのもうなずける映画です!
折り合いの付け方
映画の終盤の主人公の「皆んなどうやって折り合いつけてんのかな」というセリフと、主人公と元奥さんと主人公の仕事の後輩の3人でご飯を食べている時に主人公が初めて素直に「悪かったよ、羨ましかったんだよ」と奥さんに言うシーンが印象的でした。
折り合いについて、自分もまさにそれが知りたくてこの映画をヒントにできないかと思って見ようとしたくらいだったのですが、そう簡単に答えは教えてくれないよなと思い直しました。逆に改めて自分でも考えるいい契機になりました。そして、自分の心や気持ちと正面から向き合う勇気が大切なんだなと思いました。そしてこれには時間やタイミングなども時によっては必要なんだなと思いました。
その他、古田さんや松坂さんの演技が素晴らしかったです。古田さんとても迫力がありました。
葛藤
正しい、正しくないなんて意味があるのか?それは、時代、立場、状況、考え方であっという間に意味を変えてしまう。
寛容になれるか、なれないか。
これはきっと永遠のテーマだ。
登場人物たちの葛藤が切ない。
だけど、多かれ少なかれ、私達もそうやって生きている。
名作でした。
他人の不幸は蜜の味
下衆な世の中だなぁと思う。
「捨てたもんじゃない」と言われてた世間は、こちらから切り離したいと思える事で溢れ返ってる。
マスコミの描き方に悪意さえ感じるも、実際やってる事はほぼ作中のままなのだろうなぁと思え、強烈な風刺を撒き散らす描写に笑いまで込み上げる始末。
事実よりも視聴率。
抜粋された時点で作為が介入し、その作為が悪意と同義なら、報道の公平性などある訳もなく、そのシステムにこそ放送倫理委員会は鉄槌を下すべきだろう。
血とかエロを取り締まるより、よほど日本の為になると思うがな。
そのマスコミに怒鳴り散らす父親の大喜利コラージュのシーンとか観てるだけで悍ましい。
イジメる側と同じ心理なのだろうか?「マヂになんなよ、冗談じゃん?」いやいや、マヂにもなるだろうが?人が死んでるんだぜ?誇大な空想とかではなく、リアルに起きそうな世の中に戦慄さえ覚える。
百歩譲って、それをやるのはいいよ。そういうモノに快楽を見出す生き物だよ、人間って。だけど、金に換算できてしまうシステムがあるから手に負えない。
他人の不幸は実際に「蜜」をもたらしてしまうのだ。
物語は誰にでも起きそうな話だった。
ストレスが豪雨のように降り注ぐ世の中。濡れた服が乾く暇もなく、寧ろ決壊し濁流の如き勢いに溺れそうな世の中だ。
登場する全ての人物がその豪雨の中にいる。客観視して見えてくるのは人から人へ伝播するって事だろうか。発信と受信を繰り返す。
受けたストレスを、言葉を変えて他人で発散する。
マスコミやSNSは、その標的を提供してるに過ぎないのであろう。たまにネットリテラシーが議題に上がる事もあるけれど、誹謗中傷の元ネタを全国にばら撒いてる機関が、どのツラ下げて語ってんだって事だよね。
「人の振り見て我が振り直せ」
昔の人はよく言ったもんだよ…。
マスゴミの連中は真摯に受け止めてほしいよね。無責任に垂れ流すんじゃなくてさ。
煽るだけ煽って、後は知らんぷりだもんな。
…マスゴミがばら撒く餌に毎回食いつく国民も、いい加減気づかないもんかね?馬鹿にされてるって。何の意義もないって。スポンサーのご機嫌取りに使われてるだけだって。
なんか今回のレビューはやたらに脱線するな。
対マスコミの話じゃないんだけどな…。
俺の日頃のストレスなのだろうなぁ。
映画の話をしよう。
とにかく今作はそんな浅ましい人間達が多く登場する。主人公2人も決して褒められた人間像ではない。
父親に至っては自分勝手も甚だしい。
俺も父親だから気持ちは分からなくもないけど、アレは言い訳でしかない。「俺はちゃんと娘を愛してた」そう言いたいが為に見える。
そう言いたい気持ちも分かるけど。
店長にしたって、アレではやましい事があると言ってるみたいなもんだ。実際のとこは分からないだけに。
…ああ、なんだろ?
映画の感想を書いてるのに、他人を批判してるように思えてきた。
それほど、等身大の人物達が生きていたという事なのだろう。「学校」って組織も随分と中身が変わったなあと思う。あの校長はだいぶやり手な校長なんだろうなぁ。きっちりクレーマーな父親を退けたもんな。
明確な怒りの矛先を与えただけではあるけれど。
…そういうツボを突いた演出もホント上手いっすわ。
題名にある「空白」
ずっと、何を指すのかなぁと考えながら見てはいたのだけれど、自殺した娘の母親が、無責任な娘を許してやってほしいと懇願する。
たぶん、それを聞いてる父親にはストレスの豪雨は降ってなかったのだろうと思う。そんな空白地帯の「空白」
それとも喪失感からくる「空白」なのだろうか。
怒りや攻撃、自衛や鎧。それらは全てその「空白」を埋めようとする行為だからなのだろうか。
それとも、そんな他人事に目の色変えて反応し、自分の人生に「空白」が増えていく様だろうか。
あまり観ていて楽しい作品ではないけれど、きっと見た方がいいと思う。ただ…後味はホントによろしくない。
寺島さんが担う「正しい事」の定義とか。
俳優陣は、陰惨な気持ちに苛まれながら仕事してたんだろうなぁ…皆様、良い仕事でした。
1つ疑問が残るとするなら、店長だ。
彼以外は、父親も含め1人ではなかった。父親なんかは酷いもんで、敵としてる店長にぶら下がる事で自我を保ててるように見えた。
店長だけだ。
進んで独りになろうとしていたのは。
なぜ監督は彼に依代を用意しなかったのだろう?
邦画歴代上位作品
最近見た邦画の中では1.2を争う程の良作。とにかく主演の古田新太の演技が凄まじいのと、脇を固める俳優達も素晴らしい演技であっという間に時間が過ぎた。
全体的には哀しい映画であるが、途中、追い詰められた松坂桃李が弁当屋に向かって暴言を吐き、すぐ冷静になって謝罪するシーンは笑ってしまった。
あまり大衆受けするような作品ではなさそうだが、余韻をしっかりと感じられるような作品なので、ぜひ視聴して欲しい。
許すことの難しさと、許すことの尊さ
狂気の映画かと思って観ていましたが、後半には感動が用意されているとても素敵な映画でした。
人を許すことって難しい。でも許さなければ前に進めないのかもしれないなぁ~。
後半は泣けましたし、ラストの絵画のシーンもすごく良かった。
知っている役者は少なかったのですが、脇役に至るまで演技の巧い俳優が揃っていたので映画に入り込むことができました。
「マイ・ダディ」「護られなかった者たちへ」そして今作「空白」と、この秋は邦画が豊作だなぁ~。
胸糞悪い映画です
※胸糞ばっか言ってるのでご了承下さい。
この映画をなんて表すのが一番良いんだろう?と考えた結論。
「胸糞悪い映画です」
この映画は普段私が目を逸らしている、人間の嫌なところをこれでもか!と見せてくるので、
「こっちは気づかなかったことにしてるんだよ…やめてくれよ…」
と、非常に苦しくなります。全編通してしんどい。見終わった今切実に記憶を消したい。
二回は見たくない。
また、話の中で絶対悪になる存在がいない&実際に聞く出来事が起きたりしている(マスゴミの切り取り報道や正義の味方ぶった一般市民の私刑など)ので、本当に日常を切り取って見ている気にされます。
登場人物それぞれ胸糞だなと思うのですが、とりあえずトップ3を挙げておくと、
① 古田新太さん演じる父親
冒頭から人間として終わってる。ずっと漁師一本でやってきた(多分)、価値観が凝り固まった『自分が絶対正しいマン』で、人の話を聞きやしない。
でもこういう職人気質のおじさん居るよね。と思うリアルさが、こちらの気分を最高潮に害してきます。
流石古田新太さんだな、と。(古田新太さん大好きです。)
娘を殺されているのだから許せる訳はないのだけれど(むしろそんなすぐに許せたらどこの聖人君子だよ、と思うけど)途中から
『「万引きした娘が逃げて殺された話」じゃなくて、
「まったく落ち度が無かった娘が悪いやつに拐かされそうになった結果殺された話」にしたい(しか俺の中ではあり得ない)から、それを真実としてお前が話すまで追い詰めるマン』になるのでやっぱり胸糞です。
やり方間違ってるんだよなぁ…。
② ボランティア大好きおばさん
ああ、こういう人いるよね…と思う…
『私は貴重な自分の時間を使って慈善活動をしている、だから私が言うことやることは絶対正しいマン』です。
自分がやることは全て自己満足。「人のためを思ってやってあげた」は、結局自分のため。人に押し付けるのはやめましょう。と、自戒になりました。
年齢的にどんどん近づいていくので、本当に気を付けたいと思います。
③ 要所要所で出てくるモブ
これこそ胸糞の鉄板、まったく関係ない第三者がさも正義面して私刑。や、話題になるからと面白がって冷やかし。
こいつらマジで腹立つ~暇人か!と思うけど、いざ自分がその第三者になった時、同じ事しないって言えるの?
と、これまた自戒になりました。人の振り見て我が振り直せ。
その他、松坂桃李さん演じる店長や、轢かれてしまう娘さん、いきなり車の影から飛び出されて轢いてしまうお嬢さんやとどめをさしたトラックの運転手など、それぞれの視点から見ると救いが全く無くて本当に息が苦しくなる。
特にトラックの運転手については冒頭でしか描かれていなかったけど、実際にあったとしたらもっとキツいんじゃないかな、と思います。
特に轢かれてしまう娘さんの描かれ方が私は切なかった。
普通の引っ込み思案、ともすればいじめでも受けていたのかな?と思いきや、それ以前の問題だった。
もっと早い段階で気づいてあげることが出来ていて、対応できていればまた違ったのかな。と思うと切ない。(そこで言うと母親が気づいてたのにな、というところがありますが…)
そしてなあなあで済ませようとする教育現場への切り込みが鋭い。
担任の先生が自分の教育に疑問を感じるけれど、それを押し潰していくところなんてしょっちゅう取り沙汰されている事で、ああこうやって教育現場は若い芽を押し潰していくのだな、としみじみ思いました。
と、ポイントを上げていくとキリがないのですが、
結論、見る価値あります。
胸糞な登場人物たちも、話が進んでいく事で自分の行いを振り返り、自問自答し、うまくいかない現実にもがきながら進み始めるのでずっと胸糞展開が続くわけではありません。(まぁ松坂桃李くんは最早PTSDだよね、という位に追い詰められることにはなっちゃうんですけど…)
でも見る価値あります!むしろこれは見た方がいい!
ただ、見終わった後めちゃくちゃ疲れるのと、気分がどんよりするのは覚悟して見た方が良いかもしれません(それだけ俳優さん達の演技と脚本と演出が素晴らしいということなので…笑)
ちなみに胸糞胸糞言ってますが、漁師の弟子が「コイツいいやつだなー」と、要所要所で良い味出してます。
「自分はあなたが父親だったら嫌ですね」的なセリフを古田新太さんに言うシーンがあるんですが、いや良く言ったなお前…!!と、その瞬間喝采を送りたかった。
その他、しつこいマスコミを港から追い出したり、クソジジイと言いつつ師匠を尊敬しているのが伝わってきて凄くいい弟子でした。
それと最後に出てくるトラックの運ちゃん。松坂桃李くんに救いを与えてくれるんですけど、なんか好き笑
途中で桃李くんが轢かれそうになるトラックの運ちゃんもこの人だった気がする?
あと、個人的に一番泣けたのが、轢いてしまったお嬢さんがなんやかやなった時のお母さんの涙と、そのお母さんが古田父にかける言葉ですかね…
古田一家の涙では正直泣けなかったんですが、このお母さんにはものすごく泣かされました。
自分が同じ状況に立っても絶対言えないな、凄いな、と思いました。
頑なだった父親に『お前は娘のことを理解してもいないのに良く言えたもんだな?』と投げ掛ける(父親側が勝手にそう感じるだけですが)場面は、唯一もう一回見たいな、と思うシーンでした。
この映画を見て感じることは人それぞれだと思いますが、何かしら必ず残る作品になると思うのでオススメです。
人と人の間にある距離
正直な所、序盤から過剰な程に神経を逆なでする表現に少し嫌な気持ちになりながら観ていました。
父親としても人としても失格としか言えない添田が暴走して、執拗に自分の感情だけで周りを振り回す姿にうんざりし、
振り回された教師達の保身に走る対応にも、マスコミの過剰なまでのご都合主義な対応にも、スーパーの店員 草加部の自分に酔った傍迷惑な正義感にも。
そして店長の青柳の本心の見えない態度にも。
そもそも本当に万引きしたのか?事務所で何があったのか?過去の痴漢は本当にあったのか?
彼が何かを隠しているのかも判らず、本心はとんでもない悪なのか?も判らず。
この辺りは前半の教師やマスコミのクズっぷりも併せてそういった方向で進みますが、娘が自殺した母親が添田に伝える、弱さに逃げて自殺した娘を責めながら許して欲しいという言葉。
この言葉からやっぱり映画の流れが変わったんだな。と思いながら。
多分、添田にとって娘をはねた女性に対しては本当に無関心、そもそも青柳が追いかけ回さなければそんな事故は起きていない。というだけの認識でしかなかったと思いますし、何度謝られても興味もなかったような。
けれど自殺した娘の母親に謝罪されて、初めて自分が無視を続けた事がどれだけ残酷で、自殺した娘がどれほど苦しめられていたか?を理解したような。
添田にとってはこれがきっかけだったんでしょうね。
自分の感情だけを正当化して生きる事が人に与える冷酷さと、詫びる人間を突き放すことが相手を地獄に突き落とすような絶望を与えるという事を始めて理解できたきっかけのような。
そして、そこまでの懺悔を伴う謝罪であれば、受けた側がその問題を終わらせない限り、延々と謝罪と復讐を続ける羽目になるという事。
自分の非や弱さを認め謝るという事と、他人を理解して寄り添うという事が人間的に欠落していた添田にとって、力で屈服させる以外の謝罪という物に触れたのも初めてだったのではないか?と思いながら。
でも人って解ったからってすぐには変われないんですよね。
だからこそ、添田がタクシーの中でつぶやく「みんな、どうやって折り合いつけるのかな?」というセリフを聞いて、すとんと、これが描きたかった映画だったんだな。と思いながら。
添田にとって、人を許す、受け入れる、理解するというのは、その必要性を判ったとはいえ、どうするべきかも判らずそこでもがき苦しむ。
思いつく範囲で、妻の現在の夫を詰ったことを謝罪したり、かつての弟子を再度受け入れたり、娘の好きだった物に触れたりしながら。
それでもはっきりとはせず、人との接し方を、折り合い。と、妥協のようなぼんやりとした言葉で表現してしまうような。
でも、教えてくれる人がいない中で、自分と格闘しながら人との共存を進めようとする添田にとっては、この言葉は紛れもない本音だよな。と思いながら。
そして、自分の間違いを知り、それを悔い正そうと苦しみながら生まれ変わっていく添田の姿を描くことがこの映画のテーマだったんだろう。と、そう思っています。
だからこそ、添田と青柳が再開し、青柳を初めて許す姿には、グッとくるものがありました。
空白って何でしょう?
ストーリー上の隠された部分、特に青柳に絡む、本当に万引きしたのか?事務所で何があったのか?過去の痴漢は本当にあったのか?という謎掛け的な物のような気もしますが。。。
個人的には人と人の間にある距離。
それを空白のままとするのか、折り合いや愛情、信頼といった物でその空白を埋めるのか?という意味のような気もしています。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
ブログの方では、ネタバレありで個人感想の詳細とネット上での評判等を纏めています。
興味を持って頂けたら、プロフィールから見て頂けると嬉しいです。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
感動のなかにも苦味が
片岡礼子さんのお芝居、みぞおちに入る。静かに、そのまま重力に従うように、膝を折りたくなった。古田新太さんも松坂桃李さんも寺島しのぶさんも藤原季節さんもみんないいし、脚本も好きだ。どうしようもなく過酷な部分もあるけど甘ったるいぐらい人に優しいところもあるし、やっぱり怖いところもあるし。
結局、万引き疑惑でスーパーの裏手に連れて行かれた少女が、なぜ死にものぐるいで逃走したのか、そこの“空白”は明らかにされない。観た人それぞれで想像していいんだと思うけど、ひょっとして彼女を死に追いやったのは父親ではという気がしてならない。
授業参観を父親でなく母親に出てもらおうと思っている、ということ一つ伝えるのに大変な勇気が必要になる関係性。母親がせっかく持たせてくれたスマホを目の前で投げ捨てられても抗議もできない関係性。そういう父娘関係だと、万引きが父親にバレたらどんなことになるのかって、娘が恐怖に駆られても不思議じゃないと思うので。
スーパーの店長がいやらしいことをしそうになったとかいうのより、どうもそっちのほうに真実味を感じる。
加害者になってしまった運転手の母親と、若い漁師と、元妻と、そして店長と、感動的な場面をあんなにいくつも演じて、最後に娘ともつながって光が見えました、ですっきり終わったらそれはそれでいい映画だったと思うけど、この苦味の残りかたも案外、嫌いじゃない。
もう一回見たらまた別の解釈をするかもしれないけど。
そういえば、寺島さん演じる草加部さんが「正しさ」に異様なこだわりを見せた理由もはっきりとは分からなかった。自分の「キモさ」を正しさで超えたかったのかな。
人間のズルさを目の当たりにした。
少しずつ隠してる何か、そんなズルさを目の当たりにした。
始終怒鳴る父親役の古田新太の演技がリアル過ぎて、なんだかウンザリしてきた。あんなだったら理解してもらわなくてもいいから、関わり合いたくない。
良い人であろうと必死な、寺島しのぶが演じたおせっかいなおばちゃんもキツかった。
開けてみたら、そもそも事件が起きる前から人生が煮詰まってる。
なかなかキツい作品だった。
空白を埋めるもの
一つの交通事故。
1人の死が様々な人に与えた空白。
この空白をあるものは「怒り」で埋め、またあるものは「偽善」で埋め、またあるものは「死」で埋める。
この空白を埋めるなにかを探す物語なのだと見終わって思った。
とはいえ映画の内容は明確に「これが答えです!!」と打ち出すわけではなく。
さりとて、主人公たちを物語の世界に置き去りにしたままでもなく。
我々観客に「あなたならどう埋めますか?」と問いかけてくるような作品。
この消化不良感(空白)も監督から我々に向けたメッセージなのかと考えてしまう。
まんまと監督の術中にハマった。
最後直人が人から感謝を伝えられて泣くシーンには思わず泣いてしまった。
僕は「人からの感謝」で空白を埋めて欲しいタイプみたいだ。
観ていて、しんどい映画だ。上映前に覚悟が必要。
誰が悪い訳でもない。本当に運命のいたずらに翻弄される人間を描いている。秀作だ。脚本も役者も上手い。前半は本当にしんどい。席を立ちたくなるが、じっと我慢して最後まで見ること。最後に仄かな救いが暗示される。運命のいたずらにより、それまでの生き方を考えさせられる人間の業を描く。寺島しのぶが演ずる役がミニ古田新太で、脚本の上手さが光る。
もどかしくて苦しい
「全員被害者・全員加害者」と謳っているように、みんな悪いような悪くないような、そんな感覚になる。
そういう演出が上手いなーと思ったし、色々考えながら観賞すると本当にあっという間だった。
切なくて胸が苦しくなるような、そんな映画。
自分の中にある空白は自分自身で埋めるしかない
2021.9.23 イオンシネマ久御山
2021年の日本映画(107分、PG12)
万引き逃亡から死亡事故に至った事件を機に、それぞれの正しさが暴走するヒューマンドラマ
監督&脚本は𠮷田恵輔
物語は蒲郡の沖合にて漁をする添田充(古田新太)が描かれて始まる
新人の野木(藤原季節)に無理難題を押し付けながら、ひたすら怒鳴るだけの日々
そんな充にも中学生になる娘・花音(伊藤蒼)がいたが、妻・翔子(田畑智子)とは既に離縁していて花音の親権は充が持っていた
花音は学校では目立たない子どもで、動きの鈍さから担任の今井(趣里)からも叱られてしまう毎日
美術部でも存在感がなく、自己主張をあまりしない娘だった
ある日、父に何かを相談しようとしてタイミングを逃した花音は、翌日スーパーで化粧品を万引きしてしまう
それを見逃さなかった店長の青柳直人(松坂桃李)は花音をバックヤードに連れて行く
だが、間もなく花音は店を飛び出して逃げ出し、青柳はそれを懸命に追った
そして、交通量の多い道を横切ろうとした瞬間、加音は中山楓(野村真純)の運転する乗用車に轢かれ、そして連続して大型トラックに引きずられて即死してしまう
事故を聞きつけた充が警察に駆けつけるものの、花音の遺体は損傷が激しく所持品からしか身元を特定できなかったのである
物語は「万引きの末に人を殺した」と報道されるスーパーと、葬式にて青柳に暴力行為寸前に至った「狂気の父」のどちらもがマスコミの餌になり、ネットのおもちゃになるところから動き出す
切り取り報道にキレた充が青柳に執拗に迫るようになり、それを見兼ねた店員の草加部(寺島しのぶ)は「店の潔白を訴えよう」とビラ配りを始めたりもする
それぞれが事件によって感情的になって、自分自身の正しさを振り翳しながら、さらに事態は混迷を極めていくのである
映画は「事故死した娘の父の暴走」という側面が訴求効果になっていて、その怪演が波紋を広げていく
それでも、その行動を誘発するものが青柳側にもあり、彼の逃避傾向が事態を助長させている場面もある
また、正しさを相手にわからせようとする草加部の行動がさらに火に油を注いで、充の行動を正当化していくようにも見えるのである
誰の行動が正しいのかという観点で映画を見ると誰もが正しくて、誰もが間違っているように見える本作は、それぞれが持つ価値観を揺るがしていく
死んでから父親になろうとする充
結局のところは他人事に思っている青柳
私がいなければと常に中心にいようとする草加部
だが、これから紡いできた爆発的な負の連鎖をキッパリと断ち切ったのが、楓の母・緑(片岡礼子)の言葉であると言える
彼女の言葉は同じ境遇になっても到達できない悲しみというものに踏み込んでいて、それぞれの死は関連性があるように思えて無いと断じていることである
花音の死の、その先にあった楓の自殺は延長線上にあるように見えて、似て非なるものである
充が事故相手の謝罪を受け止めなかったから楓は死んだと考える向きもあると思うが、だからと言って飛び出し事故の運転手が全て罪に病むかと言われればそうではないだろう
それぞれが事故によって「空いてしまった穴」を埋めるために、「自分を罰する言葉」を待ち望んでいて、誰もがそれを埋めようとはしなかった
それゆえ、誰かの言葉が埋めるはずだった「空白」を自分が埋めざるを得なくなって、それによって狂っていくとも言える
そんな中で緑だけが正気を保っているように思えるのだが、彼女も同じく「自分の言葉」で空白を埋めているに過ぎない
誰かの言葉がないのなら、自分で自分を傷つける
その手段が言葉だったと言うだけで、緑と楓は本質的に違わないとも読み取れるのである
いずれにせよ、出演者全員の熱量が凄まじく、これだけ配置の上手いキャスティングも珍しい
この映画ではそれぞれのキャラクターに清濁の部分があったとは思うが、一貫して「濁」しかなかったのはマスコミではないだろうか
良い画が撮れた後に「よし!」と呟いたスタッフを誰も咎めないように、そこで事件を俯瞰するだけの人間は「ネットの悪意」よりも質が悪い
ただ、そう言った社会の負を求めている人間がいるのも確かで、それによって心の充足を得ようとする人も多い
映画の中盤で担任が自分のことを悪く言うシーンがあって、それを他の教員と教頭が嗜める場面がありました
「それはズルくない? 今になって理解者ぶるのはズルくないですか?」
自分をセーフティゾーンに入れるために他人の偽善を見抜いて解釈を与える
このシーンはとても印象的で、そう言った会話を笑ってできると言う闇というものが事件の発端だったようにも思えた
必要なのは自問自答する時間と・・
この映画は脚本的な着色が殆どなく、エンディングも淡々と終わる。そこにはエンディングは存在しないのだ。多分この様な事故に巻き込まれたらどこかに自分が当てはまるのではないか?と考えてはしまう。被害者も加害者も区別なく追い詰められていく。必要なのは自問自答する時間と程よい距離を保ってくれる理解者なのかな・・追い詰められていく松坂桃李も良く、役者も申し分なかったが個人的には主人公の漁師の助手役の藤原季節が良かった。秀作でした。
全404件中、141~160件目を表示