人生タクシー : 特集
「20年間の映画監督禁止令」を処せられながら、ベルリン映画祭で最高賞受賞!
彼は一体“どこで”“どうやって”本作を撮ったのか?
この《ユニーク》で、《オンリーワン》で、《クリエイティブ》な良作を見てほしい
15年のベルリン映画祭で審査員長のダーレン・アロノフスキー監督から「この作品は映画へのラブレターだ」と絶賛され、最高賞となる金熊賞を受賞した「人生タクシー」が、4月15日から新宿武蔵野館他にて全国順次公開となる。政府から20年間の映画製作禁止を命じられながらも、あの手この手で作品を世界に送り出し続けるイランの名監督ジャファル・パナヒ。彼の反骨心と映画愛が注ぎ込まれ、映画ファン、クリエイター、そして逆境に立ち向かうすべての人に捧げられた作品だ。
自宅軟禁中だって映画祭に出品できる──作品入りのUSBを菓子箱に隠して移送
ダーレン・アロノフスキーも驚嘆! この“映画愛”にあふれる監督を知っているか?
古くは97年の「運動靴と赤い金魚」、近年では11年の「別離」や本年度の「セールスマン」と、アカデミー賞外国語映画賞の常連ともいえるイラン映画界。カンヌ国際映画祭パルムドール受賞作「桜桃の味」やジュリエット・ビノシュ主演「トスカーナの贋作」等で名をはせた同国の名匠、アッバス・キアロスタミ監督の愛弟子にして、あふれんばかりの映画への情熱を持ち、「20年間映画を撮ってはならない」状況に置かれているにも関わらず、野心作を生み出し続けている映画監督がいるのを知っているだろうか。
その人の名は、ジャファル・パナヒ。カンヌ、ベネチア、ベルリンの世界3大映画祭から愛され、15年のベルリン国際映画祭で審査員長を務めた「ブラック・スワン」のダーレン・アロノフスキー監督から、大絶賛を受けた人物なのだ。
キアロスタミが脚本を書いた「白い風船」で監督デビューし、いきなりカンヌ国際映画祭カメラドール(新人監督賞)を受賞したパナヒ監督。その後も「オフサイド・ガールズ」等で躍進を続けるが、反体制的な作風と、09年の大統領選で改革派を支持したことから、これまでに2度逮捕され、86日間の拘留も経験。映画製作、脚本執筆、海外旅行、インタビューを20年間禁じられ、違反すれば6年間の懲役を科される身なのだ。
映画製作に関わるあらゆる行為を禁じられてしまえば、普通なら映画監督としての活動はあきらめてしまうところだが、それでも決して映画製作をやめないのがパナヒ監督の「ありえない」ところ。11年に製作された「これは映画ではない」は、自宅軟禁中にあった自身の1日をドキュメンタリー風に記録した作品で、映像の入ったUSBメモリーを菓子箱に隠してカンヌ映画祭に応募したという代物だ。大絶賛を浴び、同映画祭キャロッスドール(黄金の馬車賞)を受賞しているのがすごい。
デビュー作のカンヌ受賞を筆頭に、00年の「チャドルと生きる」がベネチア国際映画祭金獅子賞受賞、03年の「クリムゾン・ゴールド」がカンヌ国際映画祭審査員賞(ある視点部門)受賞、06年の「オフサイド・ガールズ」、13年の「閉ざされたカーテン」がベルリン国際映画祭銀熊賞受賞と、パナヒ監督が生み出す作品は、世界3大映画祭で常に高く評価。作品力と込められた映画愛が世界を魅了し続けている。そして最新作「人生タクシー」は、ついにベルリンの最高賞「金熊賞」を受賞したのだ。
この手があったか!? タクシー運転手はまさかの監督&撮影方法は車載カメラ──
リアルな人生模様を写す本作はドキュメンタリーなのか? フィクションなのか?
「20年間の映画監督禁止令」を受けている映画監督が、一体どうやって映画を撮ったのか? そしてなぜベルリン国際映画祭で最高賞を獲得することができたのか? ドキュメンタリーのようにもフィクションのようにも見え、映画のようであって映画ではないようにも見える──思わず「こんな手があったのか!」と驚かずにはいられないのが、本作「人生タクシー」だ。
「映画が禁止されているなら、映画じゃないように撮ればいいんだ」という、パナヒ監督のひらめきが伝わってくるのが本作。監督が選んだ手法は、監督自身がタクシーの運転手に扮して、ダッシュボードに取り付けられた車載カメラで、乗り込んできたお客とのやりとりを撮影するというユニークな方法だった。ドキュメンタリーのようでもあり、単なる記録映像のようでもある本作は、これまでの常識に囚われない映画の可能性を我々に教えてくれる。
今なお、厳しい情報統制が行われているイラン。日々のニュースからも「一体どんな国なんだろうか……?」と興味をひかれる国の実状、日常的な街並みがついに解禁される。なんといっても、本作で使われている撮影機材は「タクシーの車載カメラ」。タクシーから見た道路や街の様子が、そのまま映し出されるのだ。車が走るのは右側? 左側? みんなどうやってタクシーを止めるのか? 標識は?など、注視すればするほど新しい発見がある。
本作が映し出すのはテヘランの街並みだけではない、次々とタクシーに乗り込んでくる老若男女、さまざまな「普通の人」の姿をカメラはとらえる。死刑制度について議論する教師と路上強盗、海賊版DVD業者、映画監督志望の大学生、交通事故にあった夫と妻、金魚鉢を抱えた2人の老婆、そして茶目っ気たっぷりな監督の姪っ子などなど、それぞれに事情を背負った人物たちが登場する。彼らと監督との会話が、イランの人々の「今」を赤裸々に浮かび上がらせるのだ。
作家・ジャーナリスト 佐々木俊尚が見た《衝撃のベルリン金熊賞受賞作》
タクシーの車載カメラで撮影した映像が訴えかけるものとは、一体何なのか?
情報、メディアを中心に、社会と時代を読み解いてきた作家・ジャーナリストの佐々木俊尚氏が、本作を鑑賞。ベルリン国際映画祭金熊賞受賞作品に秘められた衝撃、そして訴えかけてくるものとは?