悪魔を見た : 特集
韓国の大スター、イ・ビョンホンと「オールド・ボーイ」のチェ・ミンシクが初共演、映画史上最も衝撃的な復讐ものとして注目を集める「悪魔を見た」が、いよいよ2月26日に公開される。敏腕捜査官と連続殺人鬼、当初は“追う者”と“追われる者”の単純な構図を示しながら、やがて常軌を逸した展開を見せていく同作の見どころ、そして、これまで映画史を彩ってきた悪のカリスマたちに名を連ねる、新たな“悪”ギョンチョルとは?(文:高橋諭治)
イ・ビョンホン×チェ・ミンシク
韓国2大俳優初共演で描く、最も強烈で衝撃的な復讐劇!
■“復讐映画大国”韓国が新たに放つ極限のクライム・サスペンス
想像を絶する連続殺人鬼の凶行がスクリーンの闇を切り裂く!
最初に断っておくが、「悪魔を見た」は超自然的なオカルト・ホラーの類ではない。登場人物は、神をも恐れぬおぞましい行為に手を染めていく男たち。そう、これはまさに人間という生き物の内に潜む“悪魔性”を容赦なくえぐり出した衝撃作なのだ。
その想像を絶する物語は、郊外の夜道でこつ然と消失した女性が、無残なバラバラ死体となって発見されたことから始まる。被害者の婚約者である国家情報院の捜査官スヒョン(イ・ビョンホン)は、警察に頼らぬ独自の捜査により、ギョンチョル(チェ・ミンシク)という中年男が犯人と特定。かくしてスヒョンとギョンチョルは、広大な農場のビニールハウスで対峙するのだが……。
ここ10年の韓国映画を振り返ると、「殺人の追憶」「オールド・ボーイ」「チェイサー」「母なる証明」といったクライム・サスペンスのレベルの高さは目を見張るものがある。これらに共通するのは、犯罪によって人生を狂わされてしまった人間たちの極限の感情を追求していること。そうした韓国特有の傾向と相まって、とりわけ登場人物の怒り、悲しみ、恨みの念をあぶり出す“復讐”ものには、忘れえぬ傑作&異色作が少なくない。
いわば「悪魔を見た」は究極の復讐劇であり、かつて誰も観たことのない異常な映画でもある。“追う者”スヒョンと“追われる者”ギョンチョルの最初の対決は、武術に長けたスヒョンの圧勝であっけなくケリがつくが、この復讐劇は前代未聞の奇怪な展開を見せていく。そして観客は何度も我が目を疑いながら、もはや悪魔の所業としか思えぬ血塗られた惨劇を脳裏に焼きつけるはめになるのだ。
■殺人鬼ギョンチョルという“純粋なる悪”に染まった名優チェ・ミンシク
血も涙もないこの極悪人はもはや人間ではない!
おそらく観客は、映画の序盤で最愛の婚約者を亡くした主人公スヒョンの身の上にシンパシーを覚え、復讐に乗り出す彼を“応援”するだろう。ましてや抜群の捜査能力&戦闘力を兼ね備えた国家機関の敏腕エージェントを、あのイ・ビョンホンが演じるのだ。スーパースターが颯爽(さっそう)と魅せるであろう悪人退治に期待を抱かずにはいられない。
ところが「オールド・ボーイ」の怪演で名を馳せた海千山千の名優チェ・ミンシクがギョンチョルを演じるとなると、事は容易に運ばない。昼はスクールバスの運転手であるギョンチョルは、夜になると若い女性を物色する飢えた野獣へと変貌。荒っぽく捕獲した獲物をアジトへと監禁し、およそ筆舌に尽くしがたい残虐な手口で“加工”することに無上の歓びを感じるサイコキラーなのだ。
スヒョンの狙いは、そんなギョンチョルを力ずくで懲らしめては野に放ち、耐えがたい痛みを味わわせた揚げ句、己の罪の深さを思い知らせること。しかしギョンチョルには、人間らしい良心や罪悪感のかけらもない。人並み外れた食欲、性欲の塊であるこの“純粋なる悪”というべき怪物男は、いくらスヒョンの鉄拳にKOされ、肉体を損壊させられようともまるっきり反省せず、手当たり次第に凶行を繰り返す始末。ついには復讐に燃えるスヒョンと底なしの生命力を誇るギョンチョルの攻防は、この世のものとは思えぬ生死を賭したサドマゾ・プレイの様相を呈していく。
鎌、鉄棒、ギロチンなどの凶器を持ち出し、時には鼻歌交じりで猟奇的な犯行に耽るギョンチョルは、まさしく人間の姿を借りた悪魔そのもの。この男を打ち倒すには、スヒョンも悪魔に魂を売るほかはない。
やがてふたりは常軌を逸した激闘の果てに、正視しがたい“地獄”へと堕ちていくのだ!
これぞ純粋なる悪、ギョンチョル。その“悪魔の所業”を見よ!
■映画史上にその悪名を刻み込んできたカリスマ殺人鬼たち
観る者にトラウマを植えつける“最も恐ろしい怪物”は誰か?
スリラーやアクションといったジャンルの映画には、魅惑的な悪役の存在が不可欠だ。しかし映画史上における大半の悪役たちは脇役にすぎず、主人公たるヒーローの魅力を引き立てる役回りに甘んじてきた。
その概念を根底から覆した革新的な悪役が、「羊たちの沈黙」のハンニバル・レクター博士だった。トマス・ハリスのベストセラー小説で描かれたこのキャラクターは、ヒロインのFBI訓練生クラリスを獄中から惑わし、このうえなく神秘的かつ凶暴なカリスマ性を発揮。レクターに扮したアンソニー・ホプキンスは、猟奇殺人鬼という悪役としては異例のアカデミー主演男優賞を獲得した。
「羊たちの沈黙」の大ヒットをきっかけに、1990年代には空前のサイコ・サスペンスブームが巻き起こり、95年には「セブン」が登場。ケビン・スペイシー演じる悪役ジョン・ドゥが、まんまと“七つの大罪”の儀式を完結させたラスト・シーンに世界中が震え上がった。そして21世紀になると「ソウ」シリーズのジグソウが脚光を浴び、「ノーカントリー」でアントン・シガーを演じたハビエル・バルデムと「ダークナイト」のジョーカー役ヒース・レジャーが相次いでアカデミー助演男優賞を受賞。今や怪物的な悪役たちが、ヒーローを凌駕するほどの熱烈な支持を獲得する時代となった。
これら最凶クラスのそうそうたる悪役たちと比べても、「悪魔を見た」のギョンチョルは勝るとも劣らないインパクトを放つ。しかもギョンチョルのギラついた欲望剥き出しの獰猛(どうもう)さは、レクター、シガー、ジョーカーらの超然とした存在感とはまったく異質で、ひたすら生々しい。ギョンチョルがスクリーンから発散する“悪魔の匂い”は、観る者に拭いようのない鮮血のトラウマを植えつけ、映画史上にその悪名を刻み込むに違いない。