ジブリのその先の到達点! のん主演「この世界の片隅に」ドキュメント・レビュー : 清水節のメディア・シンクタンク

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コラム:清水節のメディア・シンクタンク - 第16回

2016年11月11日更新

第16回:ジブリのその先の到達点! のん主演「この世界の片隅に」ドキュメント・レビュー

汐留ホールでゼロ号試写が終わったのは、9月9日の昼過ぎ。それは、片渕須直監督の6年越しの悲願が叶い、ようやく「映画」となって世に送り出される瞬間だった。深く長い余韻を残す作品だ。さまざまな感情が呼び起こされる。温もり。郷愁。ときめき。悲しみ。断念。恐怖。怒り。焦燥。安らぎ。そして希望――。広島県を舞台とするアニメーション映画「この世界の片隅に」は、昭和8年の暮れで幕を開け、ごく普通の少女すずの成長を追い、やがて太平洋戦争が始まる。「ありゃあ」「弱ったねえ」…広島の方言を愛らしく発するすずを演じた、のん(本名・能年玲奈)の声が絶品だ。昭和18年に軍港の町・呉へと嫁いだすずを中心に、戦時下のごく普通の暮らしが丹念に、テンポよく積み重ねられていく。物資は徐々に欠乏していったものの、思いの外、のどかさが保たれていたことも片渕演出は事実に即して描き出し、いつどんなときも花鳥風月は美しい。それはより一層、暴力の酷たらしさを際立たせる。決して、悲劇を声高に訴える教条主義的な「戦争」映画ではない。あくまでも愛と敬意の眼差しで「生活」を見つめる、優しくて可笑しくも切ない戦時下の人間ドラマだ(文中、敬称略)。

■今と地続きの「世界」を再構築するアニメ表現の極致

画像1 (C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

徹底した調査に基づく、時代や町、衣食住の細やかな描写に息を呑む。淡く柔らかいキャラクターには、人間が無意識に行う日常的な動作が再構成され、その動きを見つめるうちに生への愛おしさが募る。観る者の心をかき乱し、ヒロインの実存を信じさせ、日本人のDNAに刻まれたあの頃をまざまざと甦らせて、今という時代をも鋭く照射する実り豊かな作品だ。“良質”などという言葉で括られる当たり障りのない映画ではない。年に1本しか観ないような日本人にも、劇場へ足を運ばせる力を有している。今と地続きの「世界」の再構築が、アニメーション表現として極めて意欲的。忘れてはならない記憶を刻みつけた本作は、長く愛される作品になるだろう。

ゼロ号試写の終映直後、僕は足早に最前列へ向かった。すると、丸山正雄プロデューサーが感極まって席から立ち上がれないままでいる。思わず彼の背中をさすると、顔をぐしゃぐしゃにして泣き声でつぶやいた。「生きていてよかった」。丸山こそが片渕の才能に惚れ込んで長年伴走してきた、草創期の虫プロ出身の重鎮だ。

製作費の工面で奔走した真木太郎プロデューサーと片渕監督の姿を見つけ、握手を求めたが、未だ感動冷めやらず、ありきたりな言葉しか出て来ない自分を恥じた。すぐそばで、のんは肩をすぼめるようにして縮こまり、周囲の熱い反応を窺っていた。会場を後にすると、真木から感想を求めるLINEが来た。しばし考えた後、「紆余曲折を経て素敵な作品を作りましたね。今年を代表するのは『君の名は。』ではなく、間違いなく本作です。アニメーション映画史に、いや、日本映画史に足跡を残しました」と、返信した。

■想いの結集=クラウドファンディングが状況を打開

画像2 (C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

2010年から企画開発を行っていた本作。資金繰りに難航する2013年に、僕はこの企画の存在を知った。昭和30年の山口県防府を舞台にしたアニメーション映画「マイマイ新子と千年の魔法」という名作を生み出したものの、まだ大ブレイクを果たしていない片渕監督の次なるプロジェクト。日本という国の映画を取り巻く環境が、<何気ない日々の暮らしを魅力的に描く作品>に対し、容易に資金が集まるような状況にないことは周知の事実だ。リスク回避を優先する保守的な出資社には、こうの史代原作による文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞受賞作品というお墨付き以上の価値を、「この世界の片隅に」に見出すことは困難だったのだろう。

興行的には、アニメーションに慣れ親しんできたこの国の観客の成熟を信じ、その可能性に賭けるともいえる企画だ。製作にゴーサインが出ていない段階でも、片渕は私費も投じ、戦前戦中の広島の調査に余念がなかった。本格始動したのは、真木が参画してからだ。総尺数を短くして製作費を当初の予算から60%に圧縮し、クラウドファンディングの活用に踏み切ったのが2015年。ネットを介したこの資金調達は、いわば、「どうしても作りたい!」という強い意志を抱く者を、「どうしても観たい!」と熱望する者たちが支える、パッションを結び付けるシステムだ。目標額2000万円に対し、最終的に支援者3374人から約3900万円が寄せられた。この反響を受けて、製作委員会を構成する計14社の出資が決定。つまり、“想いの結集”が状況を打開したのだ。インディーズ系の映画製作にとって、まさに新たな1ページの幕開けと言っていい。

■マスコミ試写会後に起きた想定を遙かに超える反響

画像3 (C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

マスコミ試写が回り始め、俄然注目を浴び始めた。試写を観た人々の高評価が次々とSNSで拡散され、日に日に作品への注目度が高まっていった。事務所独立騒動で注目を浴びた、のんの復帰作という話題性も加味されたことは間違いないだろう。「君の名は。」の興収約180億円という爆発的な大ヒットに続き、「聲の形」が20億円を突破する勢いのヒットを放ち、日本のアニメーション映画に耳目が集まっていることも追い風になったようだ。「この世界の片隅に」は、初日のスクリーン数63というミニシアター系公開にしては、インタビューを始めとするパブリシティが後を絶たず、想定を遙かに超えた反響に包まれている。もはや、「応援したい小品」などという言葉が似つかわしくないほど。ただ、作品に対するネガティブな声が聞こえてこないことだけが怖ろしい。「戦時下」や「広島」というキーワードを前に、批判しがたい空気があるとでもいうのだろうか。“大”ヒットのためには、好意的にバズられるだけでなく、やはり賛否両論があってこそ盛り上がると思うのだ。

>>次のページ:閃きのような、のんの表現力こそ片渕演出最後のピース

[筆者紹介]

清水節

清水節(しみず・たかし)。62年東京生まれ。編集者・映画評論家・クリエイティブディレクター。「PREMIERE」「STARLOG」他を経て、「映画.com」「シネマトゥデイ」「FLIX」他での執筆等を手掛ける。「J-WAVE東京コンシェルジュ」「TBS 世界ふしぎ発見!」「NHK Eテレ 知恵泉」他に出演。海外TVドラマ「GALACTICA/ギャラクティカ」の日本上陸を働きかけ制作を担当。「WOWOWノンフィクションW 撮影監督ハリー三村のヒロシマ」企画・構成原案・取材。

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