青島健太 : ウィキペディア(Wikipedia)

青島 健太(あおしま けんた、1958年(昭和33年)4月7日 - )は、日本の元プロ野球選手(元ヤクルトスワローズ内野手)。野球解説者。スポーツライター、スポーツキャスター、鹿屋体育大学客員教授朝日新聞「ホークス、ただ強ければいいのか? 青島健太さんに聞く」(2016年2月19日掲載)には非常勤講師と記載されている。、流通経済大学客員教授、日本医療科学大学客員教授。日本クリケット協会理事。

来歴

誕生 - ヤクルト入団まで

新潟県青島 健太 | 『野球つく!!』プレイヤーズサイト | SEGA新潟市青島健太プロフィール 講演依頼.com|講演会の講師紹介(現・同市中央区)八千代にあった新潟鉄道病院日本国有鉄道時代、国鉄職員を対象とした鉄道病院として新潟市八千代1の国鉄アパート東側の敷地に設けられていた。民営化の際、合理化の一環で診察科目を大幅に削減し、「JR東日本新潟鉄道健診センター」に改称。さらに老朽化に伴って建物を撤去し、幸西のJRアパート敷地内に移転した。鉄道病院跡地は現在、新潟市総合福祉会館とNTTドコモ新潟支社が立地。現在の診察科目は内科のみとなっている。で生まれるTEAM Nii port スペシャルクルー 就任のお知らせ | 新潟開港150周年公式サイト―みんなでつくる、みなとまち新潟スタート!。日立製作所に勤務していた父親(2017年夏に86歳で死去スポーツライター・青島健太さん 父に教わった覚悟|エンタメ!|NIKKEI STYLE)の仕事の関係で5歳まで新潟市(現・西区)小針で過ごす。母親は同県西蒲原郡内野町(現・新潟市西区内野山手)にある本間医院の院長の娘。その後、6歳の時に青島健太さんが正月食べ続けた 郷土・新潟料理「のっぺ」|日刊ゲンダイDIGITAL家族(両親と妹牛乳がすごく好きで、ごはんにかけて食べていました。(青島健太さん):スクスクのっぽくん)と共に埼玉県草加市にあった草加松原団地に転居人間が大好き - 社会的な営みだってからだが基本でしょう - 青島健太 『マンスリーとーぶ』 東武鉄道。。

1965年、草加市立北谷小学校入学。同校4年生の時に少年野球チーム「松原ヤンガース」に入団。1970年7月、草加市立花栗小学校に転校。同校在籍中に初代児童会長を務めた。1971年、草加市立栄中学校に入学し野球部に入る。監督は理科の先生で、甲子園出場経験があった。

1974年、埼玉県立春日部高等学校に入学。同年、秋季埼玉県高校野球大会ベスト8。その際、埼玉県立川越工業高等学校に4対1で勝利した記事が埼玉新聞に掲載された埼玉新聞に写真とともに『青島、三塁打!』と載ってしまった。(青島健太さん):スクスクのっぽくん。1975年、秋季埼玉県高校野球大会優勝、秋季関東地区高等学校野球大会では神奈川県の保土ケ谷球場で栃木県立小山高等学校に敗れ準決勝で敗退しベスト4青島健太(2016年04月08日) 倶楽部報2016年春号(松尾俊治先輩を偲ぶ)|三田倶楽部ホームページ|慶應義塾体育会野球部OB会。1976年、第48回選抜高等学校野球大会補欠校に選ばれるも出場できなかった。同年、春季埼玉県高校野球大会ベスト8。

1977年、慶應義塾大学法学部政治学科へ進学。当初、国公立大学を受験して教員を目指す予定だった。なお、慶大進学の経緯については、高校3年当時の担任の先生担当教科は英語。が慶応出身で、進路相談の際にその担任に同大学の魅力について沢山聞かされたり、関東大会に進んだ際、青島のプレーぶりを見た慶応野球部OBの方から、慶応に行かないかと誘われたりした事から同大学に進学した毎日新聞「母校をたずねて」2021年4月14日付。さらに早稲田大学硬式野球部のトライアウト試験にも参加した。東京六大学リーグでは優勝に届かなかったが、主に三塁手としてチームの中軸を打ち、秋季リーグ戦ではシーズン6本塁打(当時1位タイ)、22打点(現在もリーグ記録)を挙げて脚光を浴びる。リーグ通算74試合に出場し260打数79安打、10本塁打、52打点、打率.304。大学同期には玉川寿(日本石油)、千賀儀雄(東邦ガス)らがいた。

大学卒業後は、社会人野球の東芝に進む東芝では広告部に配属された。。から4年連続で都市対抗野球に出場。1981年の大会ではルーキーながら七番打者として活躍、決勝に進むが電電東京に惜敗「都市対抗野球大会60年史」日本野球連盟 毎日新聞社 1990年。の第27回アマチュア野球世界選手権日本代表に選出され、銀メダルを獲得。の都市対抗では四番打者を任され、エース黒紙義弘、池田親興日産自動車から補強。らの好投もあって、決勝で新日鐵名古屋を破り優勝を飾った。同年の日本選手権は決勝で住友金属に敗れ準優勝にとどまるも、大会優秀選手(三塁手部門)の一人に選ばれた。

のロサンゼルスオリンピックで日本代表メンバーに選ばれ地区予選には出場したが、松永怜一日本代表監督の方針で本選には出場できなかった最終的には日本代表は金メダルを獲得した。。同年オフに、ドラフト外でヤクルトスワローズに入団この年の同球団ドラフト1位はロス五輪本選に出場した広澤克実(当時明治大学4年)だった。。その結果、新潟県出身の東京六大学野球経験者かつ大卒で初めてプロ入りを果たした。なお、新潟県出身者で初めて大学野球を経てプロ入りした選手は藤岡康男(新潟県三条市出身。新潟県立三条商業高等学校→三条信用金庫→国士舘大学中退→横浜大洋ホエールズ。1軍公式戦出場なし。)である。翌に茨城県つくば市で開催を控えていた国際科学技術博覧会の東芝館パビリオン担当を断ってまでの入団だった。

ヤクルト在籍時代

5月11日の対阪神戦(神宮)で、工藤一彦からプロ野球史上20人目、セ・リーグ8人目、ヤクルト初となる公式戦初打席初本塁打を放つ。同年は三塁手として9試合に先発出場を果たした。しかし木製バットへの順応が遅れた上、故障も相次ぐなどして一軍と二軍を行き来する日々が続いた。には一軍に定着し自己最高の58試合に出場するが、打撃面では低迷。その後は出場機会がなくを最後に現役引退なお、元同僚だった若松勉も同時期に現役を引退した。。

プロ引退後

1990年、オーストラリアビクトリア州ケラングで日本語教師を受け持つ。翌1991年に日本に帰国後はスポーツジャーナリストに転向。1992年頃に「Number」(文藝春秋)に掲載された「プロ野球をめざす少年たちよ、和式トイレを使え」でスポーツライターとしてデビューした。

その後、執筆業の傍らTBSテレビ(2002年まで)・TBSラジオ・J SPORTSで解説を務めるほか、スポーツニュースや早朝の情報番組の総合司会を務めた経験も持つ。また、スポーツ選手のトークショーやシンポジウムなどのMCを務めることも多い。

、日本野球連盟に加盟した社会人野球・クラブチームであるウェルネス魚沼(新潟県魚沼市)の監督に就任(その後、総監督に就任)。オーストラリア出身の選手を主体とするチーム編成で注目を集めたものの、春の都市対抗野球県予選で敗退して豪選手は全員帰国し、チームは事実上解散。同年7月、チームの運営方針を巡る意見の相違から総監督を辞任した。

しかし、辞任直後の8月にセガサミーホールディングスが硬式野球部を立ち上げることが決まり、監督として白羽の矢が立った。同年発足したセガサミー硬式野球部の監督に就任。翌から公式戦に参戦した。同年は都市対抗野球大会東京都2次予選の第1代表決定戦に進出したもののそこから5連敗を喫して「初参戦初出場」の偉業は達成できなかったが、翌2007年の第78回都市対抗野球大会には東京都第3代表で初出場を決めた。同年10月のJABA千葉市長杯争奪野球大会でセガサミー初タイトル獲得を置き土産に退任した。

日大悪質タックル問題に関する発言

日本大学アメフト部悪質タックル問題に関する内田正人前監督、井上奨コーチの緊急会見の内容について、2018年5月24日放送の情報番組において、擁護する意図はないが、と前置きしたうえで、「少し光のようなもの、あるいは救いもあった」旨や、「彼ら(内田氏と井上コーチ)がスポーツマンの立ち位置でやってるということは疑わないで見て行きたい」と、他の出演者とは一線を画し、監督やコーチの回答や心情に一定の理解を示す発言をした。2か月後の7月5日、日大アメフト部新指導陣の選考委員会委員に日本大学より選出された。

埼玉県知事選出馬

2019年6月5日、自民党埼玉県連は、青島に同年8月25日投開票予定の埼玉県知事選挙への立候補を要請する方針を固めた。青島を党埼玉県連に提案したのは菅義偉官房長官と言われている。同年6月18日、記者会見で立候補を表明埼玉県知事選、元プロ野球選手の青島健太氏が出馬表明 - 産経新聞、2019年6月18日。同じく立候補を表明した元参議院議員の行田邦子が熱中症で入院し、公示日前日の8月7日、立候補断念を発表。構図が変わり接戦が報じられる中、行田は8月16日に青島支持を表明し、追い風になるかと思われたが、8月25日の投開票の結果、元参議院議員の大野元裕に敗れ落選。大野92万3482票に対し、青島86万6021票であった。自民党の甘利明選対委員長は、自民党支持層に浸透しきれなかったことや、上田清司前知事が大野を応援したことなどを敗因としてあげた。

埼玉県知事選挙落選後の現在

  • 2021年現在は引き続きスポーツライターとして再活動しながら、TBSラジオが2017年をもって野球中継から撤退して以来、TBSラジオ製作として裏送り分での野球解説者も引き続き活動している。

詳細情報

年度別打撃成績

ヤクルト244440693011510000301130.225.295.375.670
14881100011010000030.125.125.125.250
58393465001830000520121.147.256.235.492
通算:3年96918213153022450100821281.183.264.293.556

記録

  • 初出場:1985年5月11日、対阪神タイガース4回戦(明治神宮野球場)、6回裏に大川章の代打として出場
  • 初打席・初安打・初本塁打・初打点:同上、6回裏に工藤一彦からソロ ※史上20人目の初打席初本塁打
  • 初先発出場:1985年5月12日、対阪神タイガース5回戦(明治神宮野球場)、1番・三塁手として先発出場

背番号

  • 4(1985年 - 1989年)

関連情報

CM

  • アサヒビール スーパードライ (1996年)
  • メットライフ生命保険
  • 武田薬品工業 ベンザブロック(2002年)
  • 日経CNBC(2005年 - 2007年3月)

映画

現在の出演番組

テレビ
  • SG競艇LIVE(準優勝戦から司会担当となる事が多い)

ネット

  • 情熱報道ライブ「ニューズ・オプエド®」(不定期出演、NOBORDER NEWS TOKYO)
ラジオ
  • RKBエキサイトホークス(2017年まではTBSラジオ制作の、2018年からはニッポン放送または文化放送制作の裏送り分に出演)

過去の出演番組

テレビ
  • 元祖ビートたけしのマラソン野球(ビートたけしのスポーツ大将の特番、テレビ朝日系列)
    • 1987年の大晦日に出演。パーティーグッズと思われる銀色のマスクを被ってプレー。ビートたけしから「素人の体つきじゃないが誰なんだ?」と言われ、共演していた当時同僚の若松勉も「普段はこんな事をする奴じゃないんですけど」と困惑していた。
  • NHK BSスポーツニュース米ESPN「スポーツセンター」を再編集した上での放送だった。キャスター(1993年から1996年頃まで)
  • 笑っていいとも!(フジテレビ系)テレフォンショッキングゲスト出演
  • 世界陸上1997アテネ現地キャスター(TBS系列)
  • めざましテレビ週末号(フジテレビ系)スポーツコーナー担当 1997年10月 - 1998年3月
  • おはようクジラ(TBS系)-2代目総合司会 1998年4月から1年間担当。
  • オールスター感謝祭'99 超豪華!クイズ決定版 この秋お待たせ特大号(TBS系)
    • 59問3:09.24で優勝した(前半終了時でも41問2:28.56でトップ)。なお、同番組にはこれまで8回出演している。
  • JNNスポーツ&ニュース (TBS系)キャスター 1999年10月 - 2002年3月
  • テレビ東京 ワールドカップサッカー日韓大会、アテネオリンピック キャスター
  • ヒューマンバラエティ 日曜のマゼランマゼランファミリーの一員として出演 2004年4月4日 - 2005年3月27日
  • フジテレビ感動ファクトリー・すぽると! レポーター(2004年度下半期 世界各地の野球事情をレポートするコーナーに出演)
  • NHKハイビジョン特集「日本のいちばん長い夏」(2010年7月31日)- 外交官・岡本季正役として出演
  • テレビ東京 BOAT RACEライブ 第25回賞金王決定戦 (2010年12月22日・23日)司会を担当
  • J SPORTS ワイド(J SPORTS ESPN)
  • 野球好きニュース(J SPORTS)
  • ビートたけしのTVタックル(テレビ朝日系列)2016年5月8日、2021年3月14日出演。
ラジオ
  • TBSラジオ エキサイトベースボール(2017年をもって終了)
    • プロ野球ネットワーク
  • 中村もときの通勤ラジオもときのホットライン月曜日担当 1999年4月5日 - 2010年9月27日
  • ラジオマガジンEARLY BIRD(TBCラジオ) ウィークエンドラジオナビ第3週担当 2000年10月7日 - 2019年5月18日埼玉県知事選挙出馬の為、事実上降板。(降板の挨拶等は特になかった。)
  • 武内裕之That's On TimeThat's ヴィジョン月曜日担当 2010年10月4日 - 2014年3月24日
  • TBSラジオ THE ROAD TO SUPER HERO パーソナリティ
  • TBSラジオ スポーツBOMBER!
  • TBSラジオ mix
  • TBSラジオ 鈴木おさむ 考えるラジオ 2011年10月8日ゲスト出演
ポッドキャスト
  • 青島健太のウィークエンドスポーツ(NIKKEI NETポッドキャスト)

関連項目

  • 新潟県出身の人物一覧
  • 新潟市出身の人物一覧
  • 埼玉県出身の人物一覧
  • 慶應義塾大学の人物一覧
  • 東京ヤクルトスワローズの選手一覧

外部リンク

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 | 最終更新:2021/04/20 05:38 UTC (変更履歴
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