岩井賢太郎 : ウィキペディア(Wikipedia)
岩井 賢太郎(いわい けんたろう、1941年〈昭和16年〉11月6日『全国歴代知事・市長総覧』日外アソシエーツ、2022年、94頁。 - )は、日本の政治家。群馬県富岡市長(通算2期)、群馬県議会議員(6期)。
来歴
群馬県富岡市生まれ。1961年(昭和36年)、群馬県立富岡高等学校卒業。
1983年(昭和58年)、群馬県議会議員選挙に富岡市選挙区から無所属で出馬し初当選。同年5月9日に自民党に入党した。以後6期連続当選。1987年(昭和62年)、群馬県監査委員に就任。1995年(平成7年)、自民党群馬県支部連合会政調会長に就任。1996年(平成8年)6月3日、群馬県議会副議長に就任。1997年(平成9年)6月3日に副議長を退任した。1998年(平成10年)、自民党群馬県支部連合会幹事長に就任。2002年(平成14年)5月31日、群馬県議会議長に就任。2003年(平成15年)5月20日に議長を退任した。
2006年富岡市長選挙
2006年(平成18年)、(新)富岡市長選挙に出馬し、(旧)富岡市長の今井清二郎を533票差で破って初当選した。
4月23日に就任した。
2010年富岡市長選挙
2010年(平成22年)の市長選挙にも再選を目指して出馬したが、岡野光利に敗れ落選。
4月22日に退任した。
2014年富岡市長選挙
2014年(平成26年)の市長選挙で公明党の支持を受け、学校法人理事長の榎本義法と前市議会議員の2人の新人を破って、返り咲き当選を果たした。
2018年富岡市長選挙
2018年(平成30年)の市長選挙で前回破った榎本義法に敗れ落選。
4月22日に市長を退任した。
これまで務めた役職
- 社団法人群馬県公共嘱託登記土地家屋調査士協会名誉顧問
- 群馬県治山林道協会長
- 社団法人群馬県緑化推進委員会副理事長
- 群馬県体育協会副会長
- 群馬県治水砂防協会副会長
- 群馬県ボウリング連盟会長
- 富岡市文化協会長
- 群馬県議会議会運営委員会委員長
- 群馬県議会厚生常任委員会委員長
- 群馬県議会土木常任委員会委員長
- 群馬県議会文教治安常任委員会委員長
- かぶらフィルハーモニー管弦楽団会長
- 株式会社富岡スポーツプラザ取締役社長
- 医療法人緑陽会理事
- ハートケアライフ佐久株式会社取締役
- 医療法人緑陽会会長理事
外部リンク
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 | 最終更新:2024/08/30 15:36 UTC (変更履歴)
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