マーク・バーリー : ウィキペディア(Wikipedia)

マーク・アンソニー・バーリー(Mark Anthony Buehrle, 1979年3月23日 - )は、アメリカ合衆国ミズーリ州セントチャールズ出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。

経歴

プロ入りとマイナー時代とホワイトソックス時代

ジェファーソン短大1年時の6月にMLBドラフト38巡目(全体1139位)でシカゴ・ホワイトソックスから指名され、翌5月に入団契約を交わした。

同年A級バーリントン・ビーズでプロデビューを果たし、20試合に登板し四球はわずか16と制球力は非の打ち所がなく、トム・グラビンと比較された。

に、傘下のマイナーリーグAA級バーミングハム・バロンズで16試合8勝4敗、防御率2.28の好成績を残し、フューチャーズゲームにも選出された。シーズン途中の7月にAAA級を飛び越えてメジャーに昇格し、7月16日のブルワーズ戦で、チームが11-4とリードした9回表に登板しメジャーデビュー。1点を失うが後続を抑え、試合を締める。その後3試合に先発したが、先発3試合目に3.2イニングで5失点と打ち込まれ、シーズン終了までリリーフに回された。

に先発ローテーションに定着。5月から4か月連続で月間防御率2点台を記録し、8月3日のタンパベイ・デビルレイズ戦では四死球0の1安打ピッチングを見せた。9月に失速するまで防御率はリーグ1位で、シーズン通して221.1投球イニング(リーグ10位)で16勝8敗、防御率3.29(同4位)、WHIP1.066(同1位)を記録。

には開幕投手を務め、19勝(リーグ4位)12敗を記録した。ホワイトソックスの左腕投手としてはにジム・カートが20勝(14敗)を記録して以来26年ぶりとなる19勝"2002 Career Highlights," The Official Site of The Chicago White Sox. 2008年1月25日閲覧。を挙げたバーリーは、この年以降まで5年連続で開幕投手に起用されるなどエースの座をつかむ。

シーズン終了後に球団はバーリーと3年総額1800万ドルで契約延長した。

・には2年連続でリーグ最多投球回を記録。2004年5月11日のボルチモア・オリオールズ戦から2005年7月26日のカンザスシティ・ロイヤルズ戦まで「49試合連続6イニング以上登板」という記録を打ちたてるなど "イニングイーター" (多くのイニングを投げる投手のこと)ぶりを発揮した。7月21日のクリーブランド・インディアンス戦、被安打の2走者を併殺打でアウトにするなど、打者27人で完封勝利を挙げた。

2005年は、オールスターゲームで先発登板して勝利投手となり、シーズン通算では防御率3.12と自己最高を記録。ワールドシリーズでは、第2戦に先発登板し勝ち星を挙げ、第3戦ではチームが7人の救援投手を使い果たし延長14回二死一・三塁の場面で自ら登板を志願し、アダム・エバレットを遊飛に抑えセーブを記録した。2試合連続登板で「先発→セーブ」のパターンを記録したのはワールドシリーズ史上初のことであった。その後チームは4連勝で88年ぶりのワールドシリーズ制覇を達成。

5月14日のミネソタ・ツインズ戦では、初回に7失点しながら勝利投手となった。これは年9月29日にジャック・パウエル(セントルイス・カージナルス)がオーファンズ(現:カブス)戦で記録して以来106年ぶりの珍事であった。この年は12勝13敗で初の負け越し、防御率も4.99で自己最低を更新するなど、前年から一転して低迷。特に後半戦は14試合で3勝7敗、防御率6.44と大不振に陥った。それでもホワイトソックスは契約オプションを行使し、バーリーはもホワイトソックスで投げることになった。オフに球団は2008年から3年総額3300万ドルで契約延長を打診したが拒否した三尾圭「契約最終年の10人 運命のシーズンを迎えし者たち」『スラッガー』2007年5月号、日本スポーツ企画出版社、2007年、雑誌15509-8、26 - 27頁。

契約最終年となった2007年、バーリーは4月18日のテキサス・レンジャーズ戦でノーヒットノーランを達成した。ホワイトソックスの投手としては16年ぶりの達成で、5回にサミー・ソーサへ四球を1つ与えただけ、しかもその後すぐ牽制球で仕留め打者27人で試合を終了させた "準完全試合" だった。以降6月終了時点まで15試合に登板し、5勝4敗、防御率3.33を記録。7月8日、バーリーとホワイトソックスは4年5600万ドルで契約延長に合意したAssociated Press, "Buehrle signs 4-year deal to stay with White Sox," ESPN.com, July 8, 2007. 2008年4月14日閲覧。。シーズン通算では、2001年以降では自己最少となる30先発、201.0イニング、10勝(9敗)に終わったが、防御率は3.63と持ち直した。

7月23日、タンパベイ・レイズ戦で完全試合を達成([[:en:Mark Buehrle's perfect game]])。この偉業により、ホワイトソックスファンであるバラク・オバマ大統領から祝福の電話を受けたオバマ大統領から祝福(MLB.com)。次の登板となった7月28日のミネソタ・ツインズ戦でも6回二死まで1人の走者も許さず、ジム・バーとチームメイトのボビー・ジェンクスが持っていた41者連続アウトを更新する45者連続アウトのMLB新記録を達成した。なおこの記録は、2014年8月にヤスメイロ・ペティット(46打者連続アウト)によって更新されている。

ホワイトソックスにはまで在籍し、から11年連続で200イニング、2桁勝利を達成した。

マーリンズ時代

12月8日にマイアミ・マーリンズに4年総額5800万ドルの契約で移籍した。

も200イニング、2桁勝利をクリアしてそれぞれ12年連続とした。

ブルージェイズ時代

2012年11月13日にジョシュ・ジョンソン、ホセ・レイエス、ユネル・エスコバーら総勢12人が動く大型トレードでトロント・ブルージェイズに移籍したBlue Jays To Acquire Johnson, Reyes, Buehrle From Marlins MLB Rumors。

当初は乱調が続き、5月には一時防御率が7点台まで落ちこんだが、その後は持ち直した。先発ローテーションを守り、13年連続で、200イニング、2桁勝利をクリアした。

は5月までに9勝(防御率2.33)を記録するなど、ハイペースで勝ち星を積み重ねた。7月には、2009年以来5年ぶりにオールスターゲームに選出された。6月以降はやや失速したが、メジャー2年目の2001年から14年連続となる2桁勝利(13勝)、200イニングをクリア。投球イニングが14年連続で200回を超えたのは、以降では史上7人目の記録であるBuehrle hits 200 IP for 14th straight year in win MLB.com。

は開幕から好調を維持し、7年ぶりの15勝、4年ぶりの1桁敗戦となった。その一方後半戦でやや失速し、15年連続200イニングは逃した。特に、シーズン最終戦でのマウンドでは、5安打を浴びて8失点を喫し、1イニング持たずに降板October 4, 2015 TOR VS TBR - Baseball-Reference.com (英語) . 2015年10月7日閲覧。。オフの11月2日にFAとなったが、これが現在まで最後のMLB出場になっている。

2月23日、古巣ホワイトソックスはバーリーの在籍時の背番号『56』を永久欠番に指定することを発表した。

選手としての特徴

球速は遅いものの、多彩な変化球を低めに集めて打たせて取る、典型的な技巧派左腕。バーリーの投球について、元チームメイトの井口資仁は「バーリーの時は、しっかり打たれたゴロじゃなくて、打ち損じた打球がよく飛んでくる気がする」と語っている阿部寛子 「マダックスの遺伝子を継ぐ者たち 技巧派投手たちの美学」 『月刊スラッガー』2005年10月号、日本スポーツ企画出版社、2005年、雑誌15509-10、34-37頁。。持ち球は、85 - 89mph(約136.8 - 143.2km/h)の沈む速球に、打者の手元で鋭く曲がるスライダー、大きく曲がるカーブ、それにチェンジアップなどLindy's, "Preview 2008: Chicago White Sox," FOX Sports on MSN, March 10, 2008. 2008年4月14日閲覧。。制球が良いため「("精密機械" と呼ばれる制球を武器に通算300勝を挙げた)グレッグ・マダックスに最も近い投手」と呼ばれることもある。イチローは「左バッターのアウトコースいっぱいのところへボール1個分のコントロールができる」と評価している石田雄太 「[開幕3連戦から探る]イチロー&マリナーズ「2年目の野心」」 『Sports Graphic Number』547号、文藝春秋、2002年、雑誌26854-4・25、52-56頁。。

投球のテンポがいいため、バーリーの登板する試合は他の試合に比べて早く終わることが多い。2005年4月16日のマリナーズ戦は過去20年で最短の1時間39分で終わっている"Apr 16, 2005, Mariners at White Sox Play by Play and Box Score," Baseball-Reference.com. 2008年4月14日閲覧。。また、体に負担をかけない投げ方をしているため故障が少なく、長いイニングを投げられることも特徴。2004年から2005年にかけて、49試合連続6イニング以上登板という記録を打ち立てた。バーリー自身は「普通は1イニング15球がベストと言われるけど、オレは10 - 12球で抑えることを目標にしている。マウンドに立つたびに、9イニングを90球で終わらせることをめざしている」と自らの投球哲学を語っている。

また、ゴールドグラブ賞とフィールディング・バイブル・アワードをそれぞれ4年連続で受賞しているように、メジャー屈指の守備力を誇る投手である。そのフィールディング能力は自身の持ち味である、打たせて取る投球の大きな支えとなっている。

一方で、ニューヨーク・ヤンキースとは相性が非常に悪く、2004年4月10日の対戦で勝利して以来12連敗を喫しており、通算でも1勝14敗(勝率.067)と苦しんでいる。また打者ではイチローを苦手としており、通算で63打数27安打、打率.429とカモにされている。この被打率はイチローが50打席以上対戦したメジャーの投手の中では最も高い"," Baseball-Reference.com. 2014年9月21日閲覧。。

詳細情報

年度別投手成績

CWS2830004103.80022551.15551913370027244.211.44
323242016800.667885221.11882448281261589813.291.07
3434521191200.613984239.023625617313461102953.581.24
3535201141400.500978230.1250226125119101241064.141.35
3535412161000.6151016245.1257335128165001191063.891.26
333331216800.667971236.22402040441492299823.121.18
3232100121300.480876204.024736485698011241134.991.45
303031110900.526835201.02082245551151086813.631.26
3434101151200.556918218.224022524514040106923.791.34
3333111131000.565874213.12222745351052197913.841.25
3333302131300.500897210.124617491199351051004.281.40
313100013900.591858205.12212145321091093823.591.30
MIA3131100131300.500828202.11972640341252088843.741.17
TOR3333110121000.545876203.222324513913920100944.151.35
3232000131000.565857202.02281546041192183763.391.36
323241215800.652827198.22142233479121100843.811.24
MLB:16年51849333101321416003.572137053283.13472361734497918702716154213913.811.28
  • 各年度の太字はリーグ最高

年度別守備成績

年度球団投手(P)
試合刺殺補殺失策併殺守備率
2000CWS281912.909
200132114935.952
20023464622.963
2003351538031.000
200435165143.944
200533134522.967
20063293513.978
200730133413.979
2008341834051.000
200933134115.982
201033446041.000
201131154014.982
2012MIA311347051.000
2013TOR33123521.959
201432122912.976
201532112934.930
MLB5181826082253.973
  • 各年度の太字はリーグ最高
  • 各年度の太字年はゴールドグラブ賞受賞

表彰

  • ゴールドグラブ賞(投手部門):4回(2009年 - 2012年)
  • フィールディング・バイブル・アワード:4回(2009年 - 2012年)

記録

  • MLBオールスターゲーム選出:5回(2002年、2005年、2006年、2009年、2014年)
  • ノーヒットノーラン:1回(2007年4月18日、対テキサス・レンジャーズ戦)
  • 完全試合:1回(2009年7月23日、対タンパベイ・レイズ戦)
  • 開幕投手:9回(2002年 - 2006年、2008年 - 2011年)
  • 連続打者アウト:45人(2009年7月28日、ア・リーグ記録、達成当時はMLB記録)
  • 連続シーズン200イニング:14年(2001年 - 2014年、史上7人目)
  • 2005年のワールドシリーズでは、第2戦に先発登板したあと第3戦では救援登板しセーブを挙げた。2試合連続登板で「先発→セーブ」のパターンを記録したのはワールドシリーズ史上初のことであったMark Gonzales, "Extra! Extra! Sox win!," ChicagoSports.com, October 26, 2005. 2008年4月14日閲覧。。

背番号

  • 56(2000年 - 2015年)※シカゴ・ホワイトソックスの永久欠番

参考資料

関連項目

  • メジャーリーグベースボールの選手一覧 B

外部リンク

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