長岡和弘 : ウィキペディア(Wikipedia)

長岡 和弘(ながおか かずひろ、Kazuhiro Nagaoka、1951年10月6日 - )は、日本のベーシスト・音楽プロデューサー。長崎県大村市出身。血液型O型、身長168cm、体重47kg。福岡大学卒業。1974年、ロックバンド『甲斐バンド』のベーシストとしてデビュー。1979年、シングル「HERO」が大ヒットするものの、体調不良のため脱退。その後は映画音楽のプロデューサーや斉藤由貴石川ひとみの音楽プロデューサーを務めることで知られる。

来歴

1970年代前半

『福大』フォークソング愛好会で井手雅英(後の「ピエロ」)と「リグビー」を結成

福岡のロック喫茶・『照和』に出入りしていたアマチュア時代は、大森信和と「筑前」「新撰組」というバンドを組んで活動していた。

1974年

甲斐よしひろ・大森・松藤英男とロックバンド『甲斐バンド』を結成し、シングル「バス通り」でベーシストとしてデビューする。

1979年

シングル「HERO」が大ヒットするものの、体調不良のため10月5日に脱退した。

1980年

ポニーキャニオンで石川ひとみの音楽プロデューサーを務める。

1985年

斉藤由貴の音楽プロデューサーを務め、以降も作品制作に関わる。

1990年代以降

映画音楽のプロデューサーを務めている。

1999年

独立し、レーベル・JOMONを立ち上げる。WOWOWのテレビドラマ『天然少女萬NEXT-横浜百夜篇』の音楽プロデューサーを務める。

2001年

崎谷健次郎のアルバム『SOUL ARCHEOLOGY』では、音楽プロデューサーを務めている。アルバム発表にあたって、長岡と崎谷はインディーズ・レコードレーベル『HillValley Records』を起ち上げた。このレーベルは、長岡の「岡」と崎谷の「谷」から採って合名したものであり、このアルバムが最初のタイトルとなった。

2000年代

崎谷が音楽担当する映画の音楽プロデューサーを務めている。

人物

  • 1980年代以降、ポニーキャニオンでの音楽プロデューサー活動では、在籍したアーティストである斉藤由貴崎谷健次郎谷山浩子らとの親交が深い。
  • 1980年代後半、頂点を極めていた斉藤由貴のアルバム制作を手がけているという話を甲斐よしひろが聞いて「なんでその才能を甲斐バンドで使ってくれなかったのか(笑)」と語った。
  • 1989年、斉藤由貴のアルバム『áge(アージュ)』発表時、プロデュースした崎谷健次郎と斉藤の対談の司会を長岡が務めた『オリコンウィークリー』第496号(1989年4月24日発行、オリジナルコンフィデンス社)「特集 アルバム『áge』完成記念対談 斉藤由貴VS崎谷健次郎」。。

楽曲提供

  • 甲斐バンド 「きんぽうげ」「汽笛の響き」「一日の終り」(作詞)

音楽プロデュース

映画

  • 『エンジェル 僕の歌は君の歌』(1992年11月7日、東宝・日本テレビ)
  • 『ラストソング』(1994年2月5日、東宝・フジテレビ)- 音楽ディレクター。
  • 『Lie Lie Lie』(1997年10月4日、東映・ポニーキャニオン・博報堂)- 音楽プロデューサー。
  • 『リング』(1998年1月31日、「リング」「らせん」製作委員会)- 音楽プロデューサー。
  • 『らせん』(1998年1月31日、「リング」「らせん」製作委員会)- 音楽プロデューサー。
  • 『Sweet Sweet Ghost』(2000年9月15日、日活)- 音楽プロデューサー。
  • 『うつつ』(2002年6月1日、日活・ケイエスエス・ソニーPCL)- 音楽プロデューサー。
  • 『東京原発』(2004年3月13日、「東京原発」フィルムパートナーズ)- 音楽プロデューサー。
  • 『狼少女』(2005年、バサラ・ピクチャーズ)- 音楽プロデューサー。
  • 『変身』(2005年、日本出版販売)- 音楽プロデューサー。

テレビドラマ

  • 『天然少女萬NEXT-横浜百夜篇』(1999年11月25日、26日、WOWOW)- 音楽プロデューサー。

テレビアニメ

  • ゆめりあ(2004年、BS-i)
  • 家庭教師ヒットマンREBORN!

外部リンク

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 | 最終更新:2018/11/15 10:56 UTC (変更履歴
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