ISSA開幕前、前列左から演出の藤田俊太郎、海宝、岡宮来夢、後列左から潤花、豊原江理佳 撮影:若林ゆり まずは現代日本での幕開け、ISSAというアーティスト名で活動する海人のナンバー「TALK TALK TOKYO」では、一茶の俳句が英訳され、ポップなメロディに乗って歌われる。イェストン作曲の従来のイメージとはかけ離れた、それでいて「外国人の日本趣味」的でもない趣向に驚く。
「この曲ひとつ取っても、どう表現するかを決めるまでに大変な道のりがありました。『どういう風に音楽と俳句を絡ませ、表現していくか』に関してすごくディスカッションを重ねて。演出家である藤田(俊太郎)さんのイメージを伝えたときに、音楽監督の森亮平君が即興で、うまく音楽や歌に入っていく流れをアドリブ的に見つけて作っていくということも多かった。最初は音楽をバックにひたすら俳句を詠んでいくパターンを試してみたり、 もしくは俳句をそのまま歌にしてみたり、英語で俳句を詠んでみたり。現段階では俳句を英語にしたパターンで「TALK TALK TOKYO」は進んでますが、いまだに稽古場で、いい着地点を探り続けています」
撮影:若林ゆり 作品の背景が、時代も場所も大きく変わっていくので、それに合わせた楽曲は幅広く、多彩だという。
「モーリーさんが書いていらっしゃったアウトラインを見せていただいたら、全編にわたって曲はもちろんセリフや登場人物のやりとりなど、かなり詳細に書き込まれているんです。脚本家ではないモーリーさんがここまでお書きになっているということは、すごく強い思いを持って作られたんだなと思いました。僕はなかでも『俳句』という曲がすごく好きなんです。美しいし、切ないし、でもちょっと前を向こうとする希望の色もあって。西洋的な指向のなかに、どこか日本人の琴線に触れる『わびさび』が感じられたりもして。場面の中でも好きなところですね」
撮影:若林ゆり 海宝演じる海人は、一茶の研究家だった母親との間に葛藤を抱えており、亡くなった母が書いた“パリでの一茶”像を通して変わっていく。
「この作品の特殊なところは、一茶も海人も、実際にはオブザーバー、観察者であるところなんです。通常の主人公であれば、その人自身が旅をして、旅の中で人との交流やドラマを経験して、成長を遂げながら物語が進みますよね。でもこの作品の主役である一茶と海人は、出来事を経験するというより、一歩引いて見ているキャラクター。一茶はフランス革命という大きな波に巻き込まれ、海人の場合は母親が描いた一茶の旅を、さらに外側から読んでいる。これはすごく特殊な構図だと思います。一茶の旅を見てきた海人が何を受け止めて、どう感じたのか。それをふまえて最後のシーンをどう演じるのか。お客様に海人の心の繊細な変化を歌の中に感じていただいて、それでお客様を惹きつけられるように作っていかなければ、と思っています」
撮影:若林ゆり 物語は時空を超え、海人は一茶に影響されていくが、タイムスリップとも違う。その部分の表現も、稽古を重ねながら試行錯誤を繰り返して作っている。
「いまとなっては『時空を超える』という言葉が果たして適切な表現なのかもわからないんですが、その部分に関してはこの稽古中にもずっと、いろんな説があったんですよ。最初はちょっとSFっぽいセリフがあったりもしてね。『100年後から来たんです』というような。でもいろいろ話し合う中で、方向性の修正があった。現段階では、基本的には母が書いた原稿を、海人が読んで、脳内で追体験をするという形になりました。なので、実在した一茶という人物との交流というよりは、母が一茶やテレーズたちに託した家族への、息子への思いを海人がどう読み解いていくのか。そこが見せ所です。海人は母が託した思いに共鳴していくんだけれど、それに触れたから万事OK、 許せたとか解決したではなくて。傷は抱えながらも自分の中で決着をつけて、一つのピリオドを打って先へと進んでいく。そういうドラマになっていくのではないかと思っています」
撮影:若林ゆり 海宝自身もこの作品を通して俳句という芸術表現に向き合い、日本語について新たな発見を重ねている最中だ。
「改めて日本語の余白というか、奥行きのようなものを実感していますね。英語というのはすごくロジカルな言語だと思うんです。語順で意味が変わる。一方で日本語というのは、 語順を変えることで、意味は変わらないけど、情感が変わる。そこは日本語特有の素晴らしいところだなと。だから俳句も、五七五というごく限られた語数の中に、情感というものを込める、そしてそれが映像化するように広がり、響く。日本語の底力と魅力に気づかされますね。いままで輸入物のミュージカルやお芝居をやってきて、日本語の難しさを感じていたんですよ。欧米の言語と比べて一音に入る言葉が少ないから不利だなと。でも今回、『なるほど、日本語で歌うということは、武器にもなっているんだな』と感じています」
撮影:若林ゆり それはたとえば、今回の脚本・訳詞を手がけている高橋知伽江が、ディズニーアニメーション映画「ノートルダムの鐘 」のミュージカル版(劇団四季での日本初演時、海宝は外部からオーディションに参加し主役のカジモドに抜擢された)で訳詞をしたときのエピソードを最近聞いて、痛感した部分だという。
「この作品の中に『陽ざしの中へ』(映画版では『僕の願い』)という曲があって、最後に『陽ざしの中へ』と歌っています。これは英語では『One day, Out there』。『いつか外に出ることができたらな』という意味です。でもそのまま日本語にしたら、言葉数が入りきらない。試行錯誤して知伽江さんが『陽ざしの中へ』という言葉を考えられたということで、素晴らしいと思うのですが、海外のスタッフからは『Out thereはどこにあるんだ』と言われたと。そのとき、さまざまな言葉を尽くして思いを伝えた話をされていたんですが、そこですごく面白いなと思ったのは『陽ざしの中へ』という言葉の喚起するイメージ。外に出るという意味ももちろん込められていますが、カジモドが外に出るとき、それまでずっとひんやりとした石の中にいた彼が外に出て感じる温かさとか、目に刺す痛み、肌に感じる熱、希望、そういうものを一瞬で連想させる力があると思うんです。仮に日本語がもっと言葉数が入る言葉で『いつの日か外に出られたらな』という言葉をそのままはめたとしたら、『陽ざしの中へ』という言葉が包括する広大なイマジネーションは出ない。だから日本語のもつ情感は、英語とは違う強みになるということをすごく感じたんです。それは俳句でもそう。限られた語数の中で表現したいと思うからこそ、日本語が持つ曖昧さや余白が大きな武器になります。解釈の幅も広い。とても豊かで、だからこそ難しいな、とも思いますね」
撮影:若林ゆり 「イリュージョニスト」「この世界の片隅に」などなど、日本初演や日本オリジナルのミュージカルに数多く挑んできた海宝。初めての作品では正解を自分たち自身で探し、決めなければならず「生みの苦しみ」がつきものだ。だが、その過程を経たからこその充実感や達成感もひとしおだろう。今作中で海人が作る歌に「一つの言葉や歌が、 世界だって変えられる」というフレーズがある。そこは、このスタッフやキャストが抱いている思いともリンクする。
撮影:若林ゆり 「すごく大きなテーマだなと思います。そしてそれを共有できる、演劇を愛しているキャストが揃ったな、という喜びを感じています。(一茶役の)
岡宮来夢 くんを始め、言われたことをやればいいだけという人はいない。『このときの心情はこうだから、この心理を表現するにはこれが必要なんじゃないか』という、志の高いディスカッションがつねに行われていますから」
撮影:若林ゆり 2025年は海宝にとって、ミュージカル「美女と野獣」のチップ役でデビューを飾ってから30周年という年だった。それを記念して行われたコンサート「ever」、そして海宝直人 ×オーケストラ「more」では、構成・演出にも挑戦。
「まだまだ勉強不足ですが、演出のようなこともできたらな、という興味はもつようになりました。やはり自分自身が思い描いたものや紡いだ言葉が作品に生かされるのは嬉しいものですし、何かをゼロから作るのは楽しい。でも自分にとってはそれ以上に『この人のこういうところが素敵だから、こういうふうに動いたら魅力的に映るんじゃないかな』という提案をして、結果、そこがお客様に評価してもらえたり、何か次につながっていったりする喜びをすごく感じたんです。それは大きな発見でした」
撮影:若林ゆり また、海宝にとっては映画「ウィキッド ふたりの魔女 」と「ウィキッド 永遠の約束 」でフィエロ役の日本語吹き替えを担当したことも、大きな経験だった。
「僕はもともと超『ウィキッド』フリークなので、すごく嬉しかったです。オーディションを探してもらって挑みました。映画はとにかく圧倒されましたし、日本語吹き替えをしてから改めて、監督の並々ならぬ『ウィキッド』愛を痛感しています。1ファンとして単純に『本当にありがとうございます!』という感じですね(笑)。だってすごくないですか? フィエロに関してもそうですけど、エルファバもグリンダも、すごく理解して膨らませている。どこを膨らませるかというのも、すごく大事なセンスだと思うんです。 映画は『ふたりの魔女』だけで約2時間半ある作品で、舞台だったら、もうそれで終わっちゃう時間じゃないですか。それを映画にすることでどう語るか。舞台ではある意味、演劇だからこそ、こう切ってしまっても、飛んでしまっても、お客さんが繋いでいってくれるところはある。でも映像でリアルに描くとどうしても説明が足らないという部分がでてきますが、それをしっかりとキャッチして、ちゃんと膨らませているなと思うんです」
撮影:若林ゆり さらに2026年には、ヒッチコック監督で映画化もされた原作のミュージカル版、「レベッカ」のマキシム役を山口祐一郎 から引き継ぐことも発表された。
「いまは役者として、またひとつ大人になっていく段階。ミュージカルにももちろん、いろんな役柄に、ミュージカル以外でも、演じる以外でもいろんなことにチャレンジしたいですね。個人としても役者としてもいい経験を重ねて、いい年齢の重ね方ができたらな、と思っています」
ミュージカル「ISSA in Paris」は2026年30日まで東京・日生劇場で、2月7日〜15日に大阪・梅田芸術劇場メインホールで、2月21日〜25日に名古屋・御園座で上演される。詳しい情報は公式サイト(https://www.umegei.com/issa2026/)で確認できる。
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