【“細か過ぎる”ネタバレありインタビュー】闇ビジネスのリアリティ溢れる“怖さ”を積み上げた「愚か者の身分」 「今際の国のアリス」「幽☆遊☆白書」も手がけた森井輝Pが語る
2025年10月24日 14:00

犯罪組織の手先として闇ビジネスに従事する3人の若者たちの3日間の逃亡劇を鮮烈に描いた「愚か者の身分」(公開中)。第30回釜山国際映画祭ではメインキャストの北村匠海、林裕太、綾野剛の3人が最優秀俳優賞を受賞する快挙を成し遂げた。
本作のプロデューサーを務めたのが、森井輝。これまで「海猿」シリーズや「MOZU」シリーズといった大規模作品を次々と手掛け、近年ではNetflixシリーズ「今際の国のアリス」が世界ランキングでも上位に入るなど話題を呼び、2022年に設立されたプロデュース集団「THE SEVEN」ではチーフ・コンテンツ・オフィサーを務め、Netflixシリーズ「幽☆遊☆白書」を世界的成功に導くなどその手腕を発揮している。

「愚か者の身分」は、「THE SEVEN」にとって初めての劇場版長編映画の製作・配給作品となる。製作の経緯や作品に込めた思い、細部へのこだわりまで、森井プロデューサーにたっぷりと語ってもらった。(取材・文・撮影/黒豆直樹)
(C)2025映画「愚か者の身分」製作委員会撮影が約1年前で、そのさらに半年ほど前になりますね。当時、僕も若者の貧困や闇バイトといったテーマに作品で触れることができないかと漠然と考えていました。その頃、旧知の永田監督が、「THE SEVEN」のオフィスに立ち寄ってくださって、そこで話をしている中で永田さんから「若者の貧困の話がやりたい」という話が出て、その少し後に「こんな小説がある」と西尾さんの小説を教えてもらったんです。読んでみるとすごく面白くて、半日で読み終わって、すぐに永田さんに「一緒にやりましょう」と言いました。
(C)2025映画「愚か者の身分」製作委員会出会ったのはふたりとも20代の頃なんです。僕は映画の制作進行として現場でお弁当の用意などをしていて、永田さんはサード助監督くらいの立場で、同じ現場で2~3本、一緒に仕事をしたことはありました。その後はなかなか縁がなくて、僕がプロデューサー、永田さんが監督になった後は、(森井プロデューサーが所属していた制作会社の)「ロボット」に永田さんがCMを撮りに来たりしたことはあって、すれ違ってはいるけど一緒に仕事をすることはなかったんです。だからご一緒するのは助手時代以来です。

せっかく永田さんとやるなら、監督としての代表作になるような作品にしたいという思いもあったし、自分がプロデューサーとして入る以上、ある程度の規模で多くのお客さんに刺さるような作品にもしたくて、そのための座組を考えました。
脚本の向井さんに関しては、僕も永田さんも意見が合致して、複数の章で描く作品にするなら、向井さんはそういう作品が得意だろうということもありました。うちの“ライターズルーム”(※複数の脚本家を招集して企画やプロットやシナリオを練り上げるシステム)で、向井さんも交えて打ち合わせを重ねて土台となるプロットをつくり、それをベースに向井さんに脚本にしてもらいました。
キャスティングに関しては、この作品は、僕が普段関わることが多い、CGをふんだんに使った、派手な爆破シーンがあるような大規模な作品とはちょっと違うんですが、自分がやる以上はこれまで一緒に仕事をしてきた信頼できる仲間とつくりたいと思い、北村さんと剛さんにお願いしました(※林はオーディションで決定)。
(C)2025映画「愚か者の身分」製作委員会これは永田監督の当初からの構想としてあったもので、2時間の映画にする場合、登場人物の視点を絞った方が観客に届けやすいというのがひとつ。そして、(原作の5人の主人公たちが)全員タクヤのことを語るが、タクヤの章がないということを映画版は逆に利用して、3人の異なる世代の男たちの物語にしたいというのが、監督の狙いとしてありました。
(C)2025映画「愚か者の身分」製作委員会そうなんです。まず、食べ物が最高においしそうに見えなくちゃいけないというのは、僕と監督の間で一致していました。アジも普通のアジよりかなり大きめなんですが、その日、市場で一番大きなものを選びました。「ロボット」に在籍していた時代に、料理が出てくる作品で料理監修をしていただいた服部栄養専門学校にお願いしました。
実際、現場で匠海くんも裕太くんも「うまい! うまい!」って食べていました(笑)。やはり「食べる」って「生きる」ということだし、つくるのに時間がかかる煮つけを親がいないマモルが味わうというのは、すごく大事なことだなと。
そこはまさに監督の演出の妙ですね。マモルの腕に虐待の跡が見えたり、箸がきちんと持てなかったり、非常に細かい部分を大事にしています。
(C)2025映画「愚か者の身分」製作委員会「いまそれを言うか!」って感じなんですが(笑)、由衣夏の世話焼きで甲斐甲斐しい人柄も見えるし、それに対し「うるせー! それどころじゃねぇんだ!」と言わない梶谷の優しさが伝わってきますよね。
(C)2025映画「愚か者の身分」製作委員会ああいう見せ方をした方が逆に怖いだろうと思いました。どんな人が家の中にいて、何が行われているのか? タクヤの身に何が起こるのか、既に観客は知っているわけで、それなら想像してもらう方がいいんじゃないかと。周りの光の変化で時間経過を感じてもらえるように描いています。
(C)2025映画「愚か者の身分」製作委員会松浦さんが演じた轟は、若くてきれいな女性を前にパパ活してしまいそうな男にきちんと見えてほしかったし、焼肉屋で山下美月さん演じる希沙良に「あーん」される時の顔とか最高ですよね(笑)。
嶺くんには「嶺くん史上一番悪い男を演じてくれ」と言いました。普段、ムチャクチャ良い男なんですけど(笑)。またあの“エセ”関西弁が怪しくてイヤ~な感じにお客さんには見えるんですよね。僕の周りでも映画を見て「佐藤が夢に出てきそう」と言っている人がいました(笑)。
あとはジョージ(佐藤の上にいるグループの幹部/演:田邊和也)ですよね。
あれは僕のアイディアです。普通の人には絶対にありえない怖さ――見た瞬間に「ちょっと無理です……」と抵抗する気が失せるような怖さがほしいと思いまして、最初は顔に刺青を入れることを考えたんですが、真夏の撮影だと(刺青の特殊メイクが汗で落ちてしまい)かなり厳しいということもありまして……。じゃあ、違うパンチ力が何かないか?といろいろ探しまして「金歯はどうか?」と。(演じた田邊さんの)歯型を取って、上から(金色を)かぶせるような方法で作りました。
(C)2025映画「愚か者の身分」製作委員会おっしゃる通り「ありそうだな……」と感じさせる怖さを大事にしました。原作の描写を生かしつつリサーチもして、やり過ぎるのではなく、「自分たちが知らないだけで、本当にこういうことがあるんだろうな……」と感じさせるようなリアリティは大切にしました。
(C)2025映画「愚か者の身分」製作委員会例えば、マモルの部屋は、実はタクヤが昔、住んでいた部屋だということに気付いた人はいますかね(笑)? 先ほど話に出た、タクヤが台所でアジを料理するシーンは回想シーンですが、タクヤはかつてあの部屋に住んでいたけど、自分は稼いで大きな良い部屋に移るので「お前がここに住んだら?」とマモルを呼んでやったという裏設定があります。部屋の飾りもたぶん、タクヤが住んでいた頃のままなんでしょうね。例えば、壁に貼ってあるシールが、轟を騙すために訪れる焼肉屋のものだったりします。
(C)2025映画「愚か者の身分」製作委員会匠海くんなので、お芝居に関しては全く問題がないだろうと思って心配していませんでした。あの状況では泣いていたとしても涙が流れる様子は(観客には)見えないんですが、人が本気で泣くと鼻が膨らんだり、顔に赤みが増したりして「泣いてるんだな」と伝わるんですよね。そこが匠海くんの芝居のすごいところだと思います。その前のシーンでは、タクヤと梶谷がごはんを食べているんですが、匠海くんが泣きやすいような雰囲気を綾野くんがつくってくれるなどの連携が、現場でありましたね。そこは綾野くんに託してよかったです。
(C)2025映画「愚か者の身分」製作委員会大変でしたね(苦笑)。東京ロケーションボックスと各商店街組合の方に協力をしていただき、いろんな店舗にお願いをして撮影させていただきましたが、「ここは撮影して大丈夫だけど、そっちは撮るのはもちろん、荷物を置いたり、人が待機していてもダメです」ということもあったり、様々なルールがあり、それを守りながら進めていきました。基本的には夕方に集合して夜中に撮るというナイトシフトでした。
現地で撮影をする時間をなるべく短くするために、別の場所にひもで現地と同じ道の幅をつくって、エキストラも実際に配置してテストを行ない、あとは現地に着いたらすぐに「本番!」という感じでした。目抜き通りでも撮影しましたが、結構な人数のエキストラを動員していて、基本的にスクリーンに映っている人々はエキストラです。今回は、僕が「海猿」をつくっていた頃から何度も来てもらっている“レギュラー”の錚々たるベテランエキストラの人たちにも来てもらいました(笑)。あの撮影は鳥肌が立ちましたね。
(C)2025映画「愚か者の身分」製作委員会釜山にコンペティション部門が新設されて、そこに選出されたのも大きな喜びでしたが、正直、受賞するかどうかに関してはあまり考えないようにしていたというか、考えてどうにかなるものではないと思っていました。ワールドプレミアに林くん、永田監督と一緒に登壇しましたが、韓国の若い観客が衝撃を受けていて、上映後の質疑応答でも非常に多くの手が挙がりましたし、そこでも演技が素晴らしかったという声は多くいただきました。
最優秀俳優賞を3人が揃って受賞したと聞いて、本来はひとりが受賞するものなので驚きと喜びを感じると同時に、映画祭が「この映画の俳優に賞を与えるなら3人に与えるべきだ」と思ってくれたというのが嬉しかったですね。この映画の内容を汲み取って、粋な計らいをしてくれたんだなと。3人の演技と共に映画そのものを非常に評価してもらえたんだと感じました。

もともと、制作会社から独立して自分の会社を設立したんですが、その後、TBSさんから「グローバルに向けた作品づくりに特化した会社をつくりたい」とお声がけをいただきまして、それはまさに自分がやりたいことでもあったので、「THE SEVEN」でやらせてもらうことになりました。
それ以前に「今際の国のアリス」で国内外に向けた作品をつくったという実績もあり、引き続き「THE SEVEN」でもそうした作品づくりをしていこうと、Netflixで「幽☆遊☆白書」をやらせてもらいました。とはいえ、配信作品だけの会社のつもりは全くなくて、僕自身、映画畑の出身ですから、映画をやるつもりはありました。今後もそれは変わらず、大型のドラマシリーズなども手掛けつつ、今回のように国内で協力してつくった映画を国外でも公開されるようにしていけたらという思いはあります。
(C)2025映画「愚か者の身分」製作委員会これまで日本国内でつくった映画をなかなか国外に出しにくいという構造があって、国内だけで(収益を)回収するという形ができあがっていて、それ以上のお金をつかって海外で上映するようなことがなかなか成り立たないビジネススキームだったと思います。
テレビ局がつくったドラマを映画祭に持っていくことはあっても、スタートの時点で「日本を含む世界へ向けて」つくることはなかったですが、いまは、(Netflixなどの配信サービスの興隆で)すごくわかりやすくなって、企画が通れば「世界」という商品棚に作品が並ぶわけです。そうやって「今際の国のアリス」をつくったわけですが、最初は「マンダロリアン」といった世界的な作品と並んで世界2位に「今際の国のアリス」があるというのは、なかなか不思議な感覚でした(笑)。
そこはもう腹をくくって、胸を張って「(世界的な大作に)負けないクオリティです!」と主張していかないといけない――そういう領域に足を踏み入れたと思います。実際、僕らも子どもの頃、俳優の名前なんて知らなくてもスピルバーグの映画を楽しんでいたし、それは世界共通で、良いものを作ればお客さんはついてくると思っています。
(C)2025映画「愚か者の身分」製作委員会(C)2025映画「愚か者の身分」製作委員会
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