亡霊となって街を騒がせる元カノに会うため、幽体離脱の術を会得しようとする青年の姿を、ホラー、マルチバース、ドラマ、コメディなど多彩なジャンルを織り交ぜて描いた異色作だ。ティティ・シーヌアン監督のインタビューを映画.comが入手した。(通訳:高杉美和)
(C)2023 MULTIMEDIA All Rights Reserved<あらすじ>
タイ東北部のイサーン地方。霊の存在を信じるこの土地で、妊婦バイカーオの亡霊を目撃する住人が多数あらわれる。しかし、同じ街に住む元カレのシアンのもとには一向に姿を現さない…。どうしてもバイカーオに会って話がしたいシアンは、街でただ一人の葬儀屋のもとを訪れ、幽体離脱の術を伝授してくれと頼み込む。霊体になってバイカーオのいる死者の世界(マルチバース)へ向かうのだ。老い先の短さを自覚している葬儀屋は、息子と共にこの街の葬儀屋を継ぐことを条件に指南を開始する――。
――この映画が生まれたきっかけや、インスピレーションの源を教えてください。
この映画は「ホラー映画を作ろう」という前提で始動したプロジェクトで、僕が所属する制作会社(タイバーン・スタジオ・プロダクション)にとって初めてのホラー映画です。タイの映画界ではホラー映画、特にホラーコメディがたくさん作られており、それはジャンルとしての人気が高く、興行収入を期待できるからです。
ところが脚本を書き始めてすぐ、ただのホラー映画では面白くないと気づきました。そこで、これまでタイ映画ではほとんど描かれてこなかったサッパルーを題材にしようと考えたのです。サッパルーは葬儀を取り仕切り、遺体を整える役目の職業で、魂に最も近い人だと認識されていますが、その実態や仕事ぶりは取り上げられてこなかった。ただの葬儀屋ではなく、火葬を控えた遺族の気持ちを癒す役割があるはずだと思い、サッパルーを通して死や喪失について描くことにしました。
(C)2023 MULTIMEDIA All Rights Reserved――製作にあたり、実際のサッパルーや研究者の方々に取材されたそうですね。
はい。ただ、あらかじめサッパルーのことは調べていたので、インタビューは補足情報を集める取り組みでした。しかしそのなかで、同じサッパルーでも昔と現代では違いがあることがわかったんです。映画では新旧のサッパルーを描きましたが、それはアカデミックな方向性ばかりでサッパルーを描いても映画として面白くならないと思ったから。同時に現代のリアルなサッパルーも描くなど、インタビューのおかげで物語を膨らませることができました。
――タイでは興行収入7億バーツ(約30億円)以上の大ヒットになりました。人気の理由をどのように分析していますか?
この映画を企画していたのは、ちょうどタイの映画ビジネスが落ち込んでいた時期でした。観客が映画館に足を運ばなくなり、制作会社が倒産し、コロナ禍があり、配信プラットフォームの人気が高まっていたのです。そんな中で映画を撮ることになったので、「みんなはどんな映画を観たいんだろう?」と考えました。そして、観客はどんな映画を好み、どれくらい観ているのかを分析した結果、「コメディは絶対にウケる」と確信したのです。そこでホラーやSF、ラブストーリー、人間ドラマなどのさまざまなジャンルを一本の映画に盛り込み、コメディと融合させました。ここまでの大ヒットは予想外でしたが、最大の要因はそういったマーケティングにあったと考えています。
(C)2023 MULTIMEDIA All Rights Reserved――ストーリーに監督自身の経験が反映されたところはありますか?
僕自身の経験を強く反映しているのは「家族の関係」だと思います。本作の舞台であるイサーン地方の子どもたちは、両親がバンコクに出稼ぎに行くことが多く、その間は祖父母の家に預けられるんです。その結果、祖父母と孫の絆はとても深くなりますが、両親は出稼ぎ先からお金を送ってくるだけ。そうした現実の生活や家族関係を描いたことが、イサーン出身の観客の心に響いたのかなと思います。
――本作の「イサーンらしさ」はどのような点にあると思いますか?
なによりも、ほとんど全編イサーン語のセリフで展開すること。また、イサーン特有の生活や信仰、儀式、迷信を描いたことです。僕は子どもの頃からイサーンで数々の儀式を見て、さまざまな疑問を抱いてきました。なぜ古い世代の人々は信仰や儀式を大切にしているのか、それは何のためなのか――。自分なりの答えが出たものもあれば、そうではないものもありますが、映画を撮ろうとしたときにそうした疑問を思い出しました。だからこそ、イサーンの文化を描くことで、今の若い世代にも疑問を持ってほしかったのです。決して文化を否定する意味ではなく、現実に存在するものとして理解しようとしてほしい。同時に、失われつつある文化を愛おしく思い、悲しむ気持ちもあります。
(C)2023 MULTIMEDIA All Rights Reserved――ティティ監督の得意ジャンルは「コメディ」だそうですが、なぜコメディに惹かれるのでしょう?
僕が映画を観るのは、リラックスしたいときや芸術観賞をしたいとき。シリアスな映画はあまり好みでなく、笑顔になれる作品に心を動かされます。ただし、タイでコメディ映画は賞レースとの縁が薄いのです。瞬間的なギャグに頼り、ストーリーに連続性がない作品も多いために、さほど価値がないと見なされてきました。けれども最近は各国のコメディ映画が上映されるようになったことで、国内でも笑わせることだけが目的の作品は減り、映画賞を受賞する例も出てきています。やはり、映画は脚本家と監督がきちんとストーリーを作り込んでいることが大切。僕自身はセリフにいろんな意味を忍ばせたり、遊び心のあるギミックを入れたりして、立体的なコメディ映画を目指しています。
――「第19回大阪アジアン映画祭」の舞台挨拶で、ティティ監督は幽霊が見えるとおっしゃっていました。撮影中に心霊現象や恐怖体験はありましたか。
僕はもともと幽霊が見える人なんです。亡くなった人の霊が見えるのが当たり前なので、自分ではお葬式に行きません。この映画は実際に遺体を土葬している土地で撮影していて、小道具にも本物の遺骨を使ったので、幽霊が見えるのは日常でした。セットにふらふら入ってきて、撮影中のモニターに映ることもあるので、そのときはカットをかけていましたね。
(C)2023 MULTIMEDIA All Rights Reserved――バイカーオの幽霊が出現する、ホラー演出のヒントになった作品はありますか?
幽霊が現れるシーンはほとんど実体験に基づいています。もともと僕はホラー映画がまったく好きではなく、大きな音で驚かせる演出は嫌いです。人生初の映画観賞は野外上映のホラー映画でしたが、その時も「好きじゃないな」と思い、5分もせずに帰った記憶があります。そんな僕が初監督作でホラーを撮るのは大きな挑戦でしたが、だからこそ、観客として嫌いな演出はしないと決めていました。「幽霊が出るからといって怖くしなくてもいい、笑えたり穏やかだったりしてもいい」と。今は勉強のためにホラー作品もなるべく観て、いろんな要素や演出を取り入れようと努力しています。
――ティティ監督にとって「幽霊」とはどんな存在ですか?
幽霊とは「別の生きもの」だと思います。人間には人間の世界があるように、蟻には蟻の、魚には魚の、鳥には鳥の世界があり、それぞれが違うものを見ながら生きています。幽霊にも同じように幽霊の世界があり、彼らにも魂があって、いろんなことをしているのでしょう。たまたま人間には見えない存在だというだけで。
――この映画には日本語や「TOKYO」Tシャツなど、日本のモチーフがいくつも登場します。特別な意味があるのでしょうか?
まず、この映画は「タイバーン・ユニバース」というシリーズの一つで、それぞれストーリーは独立していますが、新作の「タイバーン3」は彼らがラープ(イサーン料理)の店を日本で開く物語になる計画なんです。だから今回は、「
アベンジャーズ」(12)などのマーベル・シネマティック・ユニバース作品に倣って、今後の作品に日本が関わってくることをいろいろな部分で暗示することにしました。
(C)2023 MULTIMEDIA All Rights Reserved――日本には何度か来られているそうですが、どのようなところが好きですか?
日本は静かなところがいいですね。気候も良いし、ガヤガヤしていないし、食べ物だってなんでもすぐに食べられる。イサーンと似ているのは、暮らそうと思えば気楽に暮らせるところかなと思います。仕事があればするし、田畑があれば耕す。金持ちを目指さずとも、日々を幸せに暮らせればいいという雰囲気を感じます。僕はタイにいると滝のそばに何時間も座っていることがありますが、そういう場所にも似ていますね。日本映画もたくさん観ていて、人物や情景の描写がシンプルで、かつ家族の関係を丁寧かつ立体的に描いているところが好きです。特に「
ALWAYS 三丁目の夕日」(05)は大好きですね。
(C)2023 MULTIMEDIA All Rights Reserved――シアンは元カノに会うために幽体離脱しますが、監督がいま会いたい人は誰ですか?
おばあちゃんに会いたいです。先ほども言ったように、イサーンでは多くの両親が出稼ぎに行くので、僕も子どもの頃はおばあちゃんに育ててもらいました。だけど、おばあちゃんは僕がまだ小さい頃に亡くなってしまった。だから成功した姿を一目見せたいし、おばあちゃんのごはんをもう一度食べたいです。そのために幽体離脱はしないですが(笑)。
――製作中の続編はどんな作品になるのでしょうか?
この映画のためにリサーチをしたことで、物語が膨らみ、続編を作ることになりました。続編は死後の世界を舞台に、「死んだ人たちはどこに行くのか?」を描きます。主な登場人物はほとんど同じですが、新たに2人のキャラクターが加わり、SF色もさらに濃くなって、よりパワーアップした作品になります。2025年8月末にクランクアップしたばかりで、タイでは2026年12月に劇場公開される予定です。
「サッパルー!街を騒がす幽霊が元カノだった件」は、9月26日から、新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開。
(C)2023 MULTIMEDIA All Rights Reserved