神話や目に見えないものに導かれて――古代遺跡残る地中海の街で自分探し「わたしは異邦人」監督インタビュー
2025年8月22日 14:00

2024年・第37回東京国際映画祭「アジアの未来」部門で作品賞を受賞した「わたしは異邦人」(映画祭上映時タイトル「昼のアポロン 夜のアテネ」)が8月23日公開される。トルコの新鋭エミネ・ユルドゥルムの長編初監督作で、地中海に面したトルコの古代都市シデが舞台、ギリシャ神話などに着想を得て、現代女性の成長を描き出す幻想的な物語だ。ユルドゥルム監督が作品を語るインタビューを映画.comが入手した。
イスタンブールで生まれ孤児として育った新米霊能力者ダフネは、長い間行方のわからない母親を探すため、古代遺跡の残る地中海の町シデへやって来る。ダフネのもとに残された手がかりは、はるか昔にトルコの名もない遺跡で撮影された、母親のぼやけた写真だけだった。マルクス主義の革命家、娼婦、原始の巫女といった不思議な人たちと出会い、彼らの協力を得て母親の行方を探すダフネだったが……。

主人公ダフネは自分自身のアイデンティティに問題を抱えた存在です。彼女は、自分自身は孤独の中にあり、「何かが失われている」と思っているのです。そして自らを捨てた母親を見つければ、アイデンティティの問題は解決できると思っています。母に会うことで自分の帰属性を得られる、幸せになれると頭の中にストーリーを描いているんですね。しかし、実際に母親を探し出した結果、彼女は思い描いていたストーリーとは正反対の事態に直面し、自らのアイデンティティの問題は母親に会うことでは解決できないと思い知ります。そこから彼女は自らを問いただしていきます。そして自分自身を問う過程で、血のつながりだけが家族ではないと気づき、身近な人たちとの新しい“家族”のかたちに気付いていくのです。
彼女とは別のプロジェクトで一緒に仕事をしたことがあり、とても優れた俳優だと感じています。特に表情の豊かさが素晴らしいですね。厳しく鋭い表情から、一転して柔らかい表情を見せることもできる。そのような繊細で複雑な表情の移ろいを表現するのは、簡単なことではありません。彼女はそれを見事にやってのけます。また本作にとって重要だったのは、彼女の顔立ちがいわゆる“地中海の顔”であるという点です。本作は「地中海映画」ですので、トルコが地中海世界の中でどのような位置にあるかという背景も意識しています。その意味で、彼女はトルコという国を象徴的に体現できる存在でもあり、起用の大きな理由のひとつとなりました。
彼女は非常に知的で感受性が高く、同時に感情豊かで芯の強い人です。本作では、物語のはじめから終わりまで、すべての流れを彼女が一人で支えきってくれました。それは決して容易なことではありません。ストーリー全体の重みをしっかりと受け止め、それを見事に演じきってくれたのです。一緒に仕事ができたことを心から嬉しく思っています。

ダフネの特徴は、様々なものと衝突しながら生きているということです。彼女のキャラクターは物語の序盤では必ずしも共感を呼ぶタイプではありません。また彼女自身も人が好きではなく、どこか反社会的な雰囲気すらする人物として登場します。
しかしながら、物語が進むにつれ、彼女は幽霊やシデの人びとと関わり、会話を重ねていきます。少しコミカルではありますが、このような展開にしたのは次のような理由です。ここで登場する“彷徨う幽霊”が意味するのは、我々の社会に関することです。長い社会の歴史の中で、我々が記憶の中に押し込めてしまっていた者たちが形を取って現れてきている。そのような機能を「幽霊」という存在に持たせました。
当初、ダフネは彼らから距離を置こうとしますが、様々な出来事を通して親しくなって行きます。そしてお互いの間に連帯や友情が生まれ、物語はファミリーストーリーとして落ち着きます。このような少々風変わりなストーリー展開に、“ファンタジー”という要素は有効でした。観客により楽しんでもらいたい、また一風変わった新しいタイプの作品を届けたいと考え、このようなファンタジックな物語になりました。

シデは海の美しさ、光の輝きが際立つ場所です。歴史的な建造物や遺跡も素晴らしく、トルコという国の地理的な特性を色濃く反映しています。そのような審美性に優れた場所である一方、訪れた人をほっとした気持ちにさせてくれる、リラックスさせてくれる場所でもあります。こうした要素があるからこそ、シデという場所は我々の考えを開かせてくれるのです。これがビジュアル面での理由です。
もう一つの理由は、シデという町がトルコという国の地理的なメタファーであるということです。重層的な歴史を持つこの場所は、アナトリアの歴史の長さ、重要性を物語っています。加えて、私自身が子どもの頃から考古学的な場所、遺跡に関心があったことも、シデを選んだ理由の一つです。
さらに、シデのような場所に立つと、神秘的で不思議な感覚に包まれます。広大な空間の中に身を置くことで、人間の小ささを実感すると同時に、より大きな人類史の物語の中に自分もいるのだという感覚を与えてくれるのです。
人生は大変です。しかしトルコには女性に力を与えてくれる場所が沢山あります。トルコの遺跡には、多くの女性像が残されており、そこを訪れた女性たちはその存在から力を受け取ることができるでしょう。自分たちの問題として強く共感し、当事者意識を強く持てる。「この闘いを私も頑張り続ける、あきらめない、抵抗するのだ」という気持ちになれるのです。ですから、本作も希望で終わっています。

日本人監督では、小津安二郎監督が特に好きです。また、「怪談」を手がけた小林正樹監督にも大変影響を受けました。トルコでは、アトゥフ・ユルマズ監督の作品が好きです。彼の60年代、70年代のユーモアあふれる生き生きとした作品群や、女性を主題にしたものが多い点、そしてファンタジックなアプローチも魅力的です。また、ポーランドの監督ですが、「心と体と」で知られるイルディコー・エニェディ監督も好きです。
次回作の脚本作りを始めており、現在奨学金を得てベルリンに3カ月間滞在しています。1905年を想定したホラー映画で、オスマン帝国時代の考古学的な場所も登場します。多神教時代のことにも触れることになると思います。
(C)Rosa Film, Ursula Film
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