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【「ガール・ウィズ・ニードル」評論】善と悪、光と闇の境界を分かつ一本の針

2025年5月18日 20:30

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画像1(C)NORDISK FILM PRODUCTION / LAVA FILMS / NORDISK FILM PRODUCTION SVERIGE 2024

開巻から不穏極まりない音が神経を逆撫でする。全編モノクローム、1.44:1の濃密な画面の中央に人物を配する構図を基本に、光と闇の陰翳が暗澹たる時代に生きる苦しみを醸しだす。

第一次世界大戦直後のデンマーク、お針子として働くカロリーネは家賃も払えず困窮していた。穏便に立ち退きを迫る家主は次の借り手を案内する。部屋を確認した寡婦はカロリーネを一瞥すると「ここに決めた」と幼い息子に告げる。その態度には敵対心が滲む。

仕事場では固い生地に針を通そうとするが頻繁に折れてしまう。生きることがタフな時代である。雨漏りする部屋、他人を連れ込むことは禁じられた新しい住まい。居は変われども生活は変わらない。彼女を案じた工場長は行方知れずの夫を探してみると言う。仕事終わりの出口で工場長の姿が目にとまる。互いに見つめ合ったふたりは路地裏へと歩を進める。

戦争で夫を失い寡婦となった女と良家の子息として工場を任された苦労知らずの男。妊娠に気づいた彼女は結婚を迫るが、身分違いの恋は叶うはずもない。そんなある日、戦火に消えたはずの夫が現れる。銀製のマスクを着けた顔には消えることなき戦争の痕跡が残る。子の誕生を歓迎する不具の男と、ままならない毎日を苦にする女。ふたりで子育てするなんてあり得ない。揺り籠を手に帰宅した夫の背中を見送ると、意を決した彼女はある場所へと向かう。

衣類を縫い付ける針、戦争の痛みを和らげるモルヒネの注射針、ある場所でカロリーナが手にする長い針…。先の尖ったニードルは、人々の視線や振る舞いや時代の空気にも宿る。相手を信じず、敵意すら感じさせる不寛容な時代。タイトルの「ニードル」には、19世紀以前、育てられない新生児の頭頂部(泉門)に針を突き刺し、我が子を自然死に導いた暗い歴史が重ねられている。

ポーランド出身のマグヌス・フォン・ホーン監督は、終戦直後のコペンハーゲンで起こった衝撃的な事件を基に脚本を書いた。参考にした終戦当時の記録映像はすべて白黒だったと言う彼は、ルイ・リュミエールによる世界初の実写映画「工場の出口」(1895)や、オーソン・ウェルズ演じるハリーが暗闇から忽然と姿を現すキャロル・リード監督の「第三の男」(1949)など、モノクロ映画の先駆けとなった作品にオマージュを捧げ、緻密に設計された撮影(ミハウ・ディメク)に不安と焦燥をかき立てる音響(オスカ・スクリーヴァ)と音楽(フレゼレケ・ホフマイア)を重ねた逸作を生み出した。

映画の強度を更に高めるのが、2年以上の歳月を費やしてカロリーナを体現したヴィクトーリア・カーメン・ソネの存在だ。苦しさを認めながらも決して弱音を吐かない。生き辛い時代に飛び込んだかのような演技に目を奪われる。そして、カロリーナの運命を変えるダウマ役のトリーネ・デュアホルムが見せる、包容力の裏にあるもうひとつの顔。「善きことをした」―彼女の言葉には、善と悪、光と闇の境界を分かつ一本の針があるのかも知れない。

(髙橋直樹)

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