【「あの歌を憶えている」評論】フランコ監督に新たなフェーズをもたらした、対照的な名優たちのケミストリー
2025年2月23日 16:00

ミシェル・フランコ監督といえば、安楽死を扱いカンヌ国際映画祭で脚本賞に輝いた「或る終焉」や、メキシコのディストピアを描きヴェネチア国際映画祭グランプリを受賞した「ニューオーダー」など、容赦ない映画を撮る監督というイメージがあった。本作もたしかに容赦ないテーマを内包している。若年性認知症、性的虐待、アルコール依存症――だがそれでも、この映画には以前のフランコ作品には見られなかった優しさと希望が宿っている。
暗い体験からアルコール依存症になった過去を持つシルヴィア(ジェシカ・チャステイン)は今日、ソーシャルワーカーとして働きながら、13歳の娘をひとりで育てている。そんなある日、しぶしぶ出席した高校の同窓会で、若年性認知症を抱えたソール(ピーター・サースガード)と出会う。その夜、ソールはシルヴィアの後をつけるが、翌朝、彼女のアパートの前で目を覚ました彼は、自分がなぜそこにいるのか理由を思い出せない。連絡を受けて駆けつけたソールの弟は、シルヴィアに彼の介護を頼むが、彼女はソールの過去に対して、ある疑惑を抱いていた。
孤独と絶望に沈み、もはや新たな出会いなど望むことすらないシルヴィア。彼女が「忘れたい過去」を忘れられずに生きていくのに対して、ソールは忘れたくない思い出が次々と薄れていってしまうという皮肉。しかし、そんなふたりがあるとき腹を割って話し合ったことをきっかけに、彼らの関係は大きな転機を迎える。
ソールにとっての思い出の曲として何度も流れるプロコル・ハルムの「青い影」が、本作のせつなくも甘いトーンを決定している。これまでだったら、フランコ監督が禁じ手としてきたであろう音楽が、本作で効果的に用いられていることは象徴的だ。彼はキャラクターたちにここで、再度人生を生き直すチャンスを与える。どんなに周りが無理解であったり、運命が無慈悲であったとしても突破口はある、と言うかのように。
内なる脆さを鎧で隠すかのように心を閉ざしたジェシカ・チャステインと、優しさとやるせなさが混じったピーター・サースガード(ヴェネチア国際映画祭男優賞受賞)の対照的なコンビが生み出すケミストリーが、感動的なまでに繊細な人間の心の襞を浮き彫りにする。彼らでなければ、この空気感をもたらすことはできなかっただろう。
ちなみに本作でチャステインとすっかり意気投合したフランコ監督は、コラボレーション第二弾にあたる新作「Dreams」を、すでに今年のベルリン国際映画祭で披露した。彼の多作ぶりに、さらに拍車が掛かったようである。
(C)DONDE QUEMA EL SOL S.A.P.I. DE C.V. 2023
執筆者紹介

佐藤久理子 (さとう・くりこ)
パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。
Twitter:@KurikoSato
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