【佐々木俊尚コラム:ドキュメンタリーの時代】「DON'T DIE “永遠に生きる”を極めし男」
2025年2月21日 15:00
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アメリカの大富豪がありあまるカネにモノを言わせ、徹底的に若返りと死の超越に挑戦するというネットフリックスオリジナル作品。かなり強烈な内容だ。大富豪はいつも「Don't Die(死なない)」と書いた黒Tシャツを着ていて、それだけでもはや面白い。
1977年生まれのブライアン・ジョンソンは、ネット決済システムを開発するブレインツリー社を起業し、同社は2013年に決済大手ペイパルに8億ドル(約1200億円)で買収された。ジョンソン個人は3億ドル(450億円)以上を手にしたと報じられている。
この豊富な資金を大胆に投下し、ジョンソンは2021年に「ブループリント」というプロジェクトを開始する。30人以上もの医療専門家チームが加わり、大邸宅にひとり暮らしであるジョンソンの生活を徹底的に管理。そのありさまが本作ではつぶさに描き出されていて、なんとも圧巻だ。
食事や大量のサプリメント(なんと毎日30種類以上!)、運動プログラムだけでなく、さまざまな装置を導入して健康状態をリアルタイムで把握する。MRI(磁気共鳴画像装置)で検査している映像も出てくるのだが、これも大邸宅に個人的に導入したのだろうかと驚かされる。ちなみにMRIは初期費用だけでも5億円以上かかる高価な医療機器である。
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さらにアメリカ国内では認可されていない医療を求め、中米に越境して遺伝子治療を受けたり、ついにはまだ高校生のひとり息子から血漿輸血を受けたりと、とどまるところを知らない。
おかげで47歳という年齢にしては非常に若く見え、筋骨も隆々。とはいえ髪だけが薄くなってるのは歴然としていて、増毛の治療らしきシーンもあるが、最先端医療もやはりここには完勝できないのか……。とはいえジョンソンの外観は、見ようによっては「若作りし過ぎてちょっと気持ち悪い」と感じるところもある。
本作ではテレビのニュース番組などでジョンソンがどう扱われているのかも数多く紹介していて、それらの大半は「嘲笑」だ。またジョンソンは、ブループリント・プロジェクトを「自分自身を実験台にして、老いの医療を進化させたい」と宣言しているのだが、本作に登場する医療の専門家は、「多くの患者を対象にした正式な臨床試験ではなく、たったひとりの個人を実験台にしても何の価値もない」と吐き捨てている。
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ありあまるほどの大金を手にすると、人は無意味なことにカネを使いたくなるものなのだろうか。日本でもネット上で「金配り」をして物議をかもした大富豪がいたが、ジョンソンのプロジェクトもそれと同じようなむだ遣いなのだろうか。ジョンソンはカネの上にふんぞり返っている滑稽な道化師なのだろうか。
ブループリント・プロジェクトが医学の進歩に寄与するかどうかは、現時点ではなんとも言えない。しかしジョンソンのこの試みに限らず、老年医療や不老不死への挑戦は、いま米国でもの凄い勢いで資金が投下されつつある。
その背景には、2000年代にテック業界を成長させてきた立役者たちが、こぞって50~60代の年齢層に突入してきたことがある。69歳になるビル・ゲイツを頂点として、アップルのティム・クックが64歳、アマゾンのジェフ・ベゾスが61歳。イーロン・マスクは53歳。グーグル創業者のラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンはそろって51歳。莫大な富を蓄積してきた彼らが、自分の人生を延命させていきたいと思うのは当然のことだろう。
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とはいえ個人的には、世界の先進国で唯一平均寿命を縮めている米国で、そんなことよりオピオイド中毒や白人貧困層の絶望を何とかする方が優先順位が高いんじゃないかとは思うのだが……。
本作に話を戻すと、徹底して合理的な生活を送り、完璧な外観を手に入れたジョンソンは、人間らしい感傷や情感を失ったロボットのようにも見えてくる。しかし本作では同時に、ひとり息子タルメージとの心温まる交流も描かれている。名門シカゴ大学に進学するというタルメージと一時的な同居生活を送ることになり、ジョンソンの心はゆるやかに融解していく。厳しい戒律ばかりの生活を孤独に続けている彼が、ただひとり心を全面的に許すことができるのが、タルメージだったのだ。
究極の合理性の先には、あらゆる夾雑物を捨て去って、そして本当の人間らしさだけが残る。テクノロジーの本質とはまさにこういうところにあるのだ。この描写が、本作を単なる「変人大富豪の奇行」というイロモノ映画ではなく、「そもそも人間とはなにか」という深いテーマに踏み込んだ作品へと昇華させているのである。
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執筆者紹介
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佐々木俊尚 (ささき・としなお)
1961年兵庫県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科中退。毎日新聞社社会部、月刊アスキー編集部を経て、2003年に独立。以降フリージャーナリストとして活動。2011年、著書「電子書籍の衝撃」で大川出版賞を受賞。近著に「Web3とメタバースは人間を自由にするか」(KADOKAWA)など。
Twitter:@sasakitoshinao
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