【「敵」評論】迫り来る敵とは? 主演・長塚京三が見せる老人の歪んだ日常と「終焉の場」
2025年1月26日 14:00
1998年に筒井康隆が発表した小説を、長塚京三を主演に吉田大八監督が映画化。引退し老境の日々を送る元大学教授と、やって来た「敵」の姿を描いたサイコドラマ。共演に瀧内公美、黒沢あすか、河合優実、松尾諭ほか。東京国際映画祭コンペ部門で、最優秀男優賞など主要3冠に輝いている。
妻(黒沢)に先立たれ、大学を勇退し10年になる独居老人の渡辺儀助(長塚)。質素で丁寧な暮らしを心がけ、編集者・鷹司靖子(瀧内)らの教え子や、近所のバーに勤める大学生・菅井歩美(河合)など、少ないながら親しい知人もいる。そんな平穏な生活だったが、ある日PCに「北から敵が来る」というメールが届く。前後して儀助の周辺に奇妙なことが起こり始める。
主演の長塚京三抜きには語れない。監督による脚本は長塚の想定で仕上げたそうだが、原作からして儀助は仏演劇史専門の元大学教授(77歳)という設定。早大演劇科に入学しパリに留学、日仏の商業通訳経験も持つ79歳の長塚にはまさに適役。自身のエッセイで、セリフを忘れたり、カンペを盗み見るような老残は晒したくない、と記していたり、10本依頼があっても成立するのは2、3本、と出演作の厳選も宣言しているので、この役に演じる価値を見出し、入念な準備の上で現場入りしたことが窺える。
作中の儀助はインテリで、矜持と自尊心を保った晩節を周囲に見せながらも、実際には好物ばかり食し、教え子との淫夢に耽り、体臭を気にして念入りに洗体し、病に怯えつつ亡き妻の衣類を抱いて眠るような人物。長塚は入浴シーンなどでも堂々と肉体をさらし、老人の日課ルーティンを凛とした立ち姿や背中で演じきる。また「敵」の警告を受け取ってからは、端正だった暮らしぶりが次第に崩れていく過程も面白い。過剰を排除しつつも、妄執に囚われる老人の姿を通して、全編モノクロの画面に動悸動悸(ドキドキ)するような狂気を溢れさせた。
老人の主観が題材の映画は海外では「愛、アムール」や「ファーザー」、国内では豊田四郎監督の「恍惚の人」(全編モノクロ)などがある。これらは認知症が前提にあり、介護や治療といった現実が伴う。しかし、本作は独居という状況から第三者視点が省略されることで、監督は儀助の脳内を自在に映像化、その日常が歪むさまを観客は堪能できる。
本作にはむしろ、デビッド・リンチ(老人好き)、アリ・アスター、あるいは今敏(筒井繋がり)作品のような味わいを感じた。人生百年と言われる時代、誰もに訪れる終焉の場、迫り来る「敵」にどう対峙するか。特に本作は、見た時の年齢相応の受け取り方ができる作品、10年後、原作と共にもう一度楽しみたいと思わせる。
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