【「山逢いのホテルで」評論】雄大な自然美のなか、母/女の二面性を慈愛に満ちた眼差しで語る
2024年11月24日 15:30

優れた映画というのは往々にして、冒頭からその世界に引き込む力を持つものだ。それはなにも派手さや、目を見張るようなアクションだけがもたらすものではない。たとえばアンドレイ・タルコフスキーの映画のように、静かで何も起こらないランドスケープ、ただ風や霧に見舞われた田園風景といったものでも、特別な吸引力を放つ。本作の冒頭シーンには、まさにそんなマジックがある。
昼間のがらんとした列車のなかで、一人座っている後ろ姿の女性。カメラがゆっくりと彼女に近づいていくなか、列車はトンネルに入り、やがてアルプスの美しい山々の連なる場所に出る。彼女はどんな女性なのか、何を考えているのか。ひとりで何をしに、どこに向かっているのか。静かで抒情的な音楽と清廉な自然の風景が一体となり、観客をミステリアスな彼女の物語へと誘う。
舞台は1997年の夏。スイス南部の小さな街で仕立て屋を営みながら、障害を抱える息子をひとりで育てるクローディーヌは、毎週火曜日になると広大なダムのほとりにあるホテルへ向かう。品の良さそうな男性ひとり客のテーブルに近づき、会話を始める。「どこから来たのか」「あなたの住んでいる街の様子を聞かせて欲しい」。白い清楚なドレスを纏い、気品に満ちた彼女の振る舞いに、男性たちはプライドをくすぐられる。やがて彼女の方から誘い、彼らの部屋で情事を楽しむ。それはクローディーヌが唯一、母であることから解放され、女になれる瞬間だ。終われば何事もなかったかのようにまた、最愛の息子の元へと帰っていく。
だがある火曜日に出会ったドイツ人のミヒャエルがクローディーヌに恋をし、彼女もまた、「不覚にも」彼に惚れてしまう。その予期せぬ事態に、クローディーヌの心は激しく動揺する。
これが長編デビュー作にあたるマキシム・ラッパズ監督は、若手とは思えない熟練した手さばきで、優しさと慈愛に満ちた世界を織りあげ、人生に夢を持てなくなった女性が再び情熱に目覚める様子をしっとりと描く。
さらに本作の立役者が、ラッパズ監督がクローディーヌ役に熱望したというフランスの名優、ジャンヌ・バリバールだ。彼女はこれまでどちらかといえばアクの強い役柄が多かったが、ここでは繊細にして大胆、成熟と可憐さが同居し、母と女のあいだで揺れる女性の内面を、惚れ惚れするほど魅力的に表現している。
しっとりとした味わいに満ちた、鮮やかな女性讃歌の物語。いつまでもこの余韻を噛み締めていたいと思わせる。
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