【「ぼくのお日さま」評論】何気なさを伴った緻密な構図が導く美麗な映像
2024年9月15日 08:00
「ぼくのお日さま」(2024)に対して美麗な“なにか”を感じるのは、映画の冒頭でドビュッシーの「月の光」に併せて氷の上を滑る少女・さくら(中西希亜良)の姿に魅せられてしまう小学6年生のタクヤ(越山敬達)と同様に、観客もまた映像の持つ引力のようなものに否応なく引っ張られてしまうからなのだろう。その“引力のようなもの”を悟ったさくらのコーチ・荒川(池松壮亮)の導きによって、タクヤとさくらはアイスダンスでペアを組むことになる。スケートリンクに射し込む陽光も、美麗な“なにか”を感じさせる要因のひとつだが、この映画では何気ないショットの数々が緻密に計算された構図によって実践されている点こそ重要なのだ。
舞台となるのは雪国。野球に興じていたタクヤは、空に小雪が舞うのを見て冬の到来をおぼえる。季節が冬であることは、美麗な“なにか”を感じさせる理由のひとつなのである。例えば、スモークを焚くことで奥行きを表現した映像。うっすらと視界を遮る雪の舞いや室内に漂う蒸気は、視覚的にも冬という季節を感じさせる要素だが、映像内の情報量を増進させる要素でもある。映像内に“なにか”が漂い、情報量が増えることで、観客は映像を美しいと感じるようになる。前述の“スケートリンクに射し込む陽光”が映像の中で際立っているのは、撮影現場で薄くスモークを焚いた賜物なのだ。また、スモークによってスケートリンクの奥行きが強調されているだけでなく、アイスダンスを練習するふたりの姿が、手前と奥のフォーカス送りによって強調される由縁にもなっている。教室の廊下、荒川が暮らす部屋、そういったショットにもうっすらとスモークを実践。季節が冬であるからこそ、作為的な映像が何気ないショットになっているというわけなのだ。
さらに、構図の緻密さも美麗な“なにか”を感じさせている点だ。この映画はスタンダードサイズで撮影されているが、構図の中で導かれる動線にも奥山大史監督のこだわりを感じさせるのである。例えば、スケートリンクを一回りしたさくらが荒川の手前で停まる一連のショット。この映像をフィックスで撮影されたひとつの構図の中で実践する為には、あらかじめ決められた動線でさくらが弧を描かなければ実現できない。こちらも何気ないショットなのだが、撮影を兼任した奥山大史監督の美麗な感覚と緻密な演出によって為せる技なのだということが判る。また、窓枠や車のドアミラーによってフレーム内フレームを実践、或いは、被写体を中心に置くことでシンメトリーのような構図を実践させるなど、フレーミングにおいてミリ単位のこだわりを感じさせるのである。そういった“何気なさ”を並走させた唯一無二の緻密な演出は、「ぼくのお日さま」が国際映画祭の場でナラティブな要素を超越して高く評価されている由縁なのだろう。
いっけんすると、フィギュアスケートを題材にしたスポーツ映画のように見える本作だが、競技に対する知名度とは裏腹にその作品例は意外と少ない。近年は「アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル」(2017)のようにCG技術を併用させた作品が生まれているとはいえ、演じる側のスケーティング技術に依るところが大きいジャンルであるからだ。そのため、「空から星が降ってくる」(1962)のイナ・バウァー、「アイス・キャッスル」(1978)のリン=ホリー・ジョンソン、「COACH コーチ 40歳のフィギュアスケーター」(2010)の西田美和など、現役あるいは人気のフィギュアスケーターが主役を演じてきたという経緯があり、5年もの歳月かけて撮影された倉本聰の初監督作「時計 Adieu l'Hiver」(1986)では、スケーター役を演じた中嶋朋子の技術が想定ほど向上しなかった為、撮影途中で物語の行方が変更されたという例まである。そういった点においても、今作はスケートを題材にした日本映画で成功した数少ない例のひとつだと言えるのではないか。
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