【第81回ベネチア国際映画祭】金獅子賞はペドロ・アルモドバル初の英語長編映画、尊厳死を描いた「The Room Next Door」
2024年9月8日 09:30
第81回ベネチア国際映画祭が現地時間の9月7日に閉幕し、下馬評通り人気の高かったペドロ・アルモドバルの「The Room Next Door」が金獅子賞に輝いた。アルモドバルは、三大映画祭で最高賞を獲るのはこれが初めてとなった。
本作は彼が初めて英語の長編映画に挑んだもので、ジュリアン・ムーアとティルダ・スウィントンの共演により尊厳死を描く。審査員長のイザベル・ユペールは、ふたりの女優の素晴らしさを讃えながら、「こうしたテーマにも拘らず、映画は決してセンチメンタルにもメロドラマにもなっていない。アルモドバルの才能は、テーマと距離を取り、冷静に見つめていること」と評価した。
感激した様子のアルモドバルは記者会見のコメントで、「これは世界がいま危険な方向、死に向かいつつあるなかで、自身も死に向かっている女性の物語。だがこんな世紀末的な状況のなかでも、人を幸福にしたり、安心を与えたりすることはできる。本作はそんなポジティブさを讃えている」と語った。
監督賞は、こちらも人気の高かった「The Brutalist」のブラディ・コーベットにわたった。本作はユダヤ系ハンガリー人の建築家、ラズロ・トスが戦後アメリカに渡ってからの半生を描く。70ミリで撮影され、途中インターバルを挟み215分という尺の野心作。コーベットは「他の多くの作品のなかで審査員がこの長尺の作品を評価してくれて嬉しい。映画にはパワーがある。これからも自身で境界をもうけることなしに、大胆に何か新しいものを作っていきたい」と力強く宣言した。
一方、男優賞、女優賞の結果は、ベテランにわたったという意味でサプライズだった。男優賞に輝いたのは、フランスの重鎮バンサン・ランドン。「The Quiet Son」で息子が右翼に走るのを憂う父親に扮し、その人間味あふれる演技が評価された。女優賞はSMチックな不倫映画「Babygirl」に主演したニコール・キッドマンに。奇しくもキッドマンの母親が亡くなり、残念ながら授賞式への出席は叶わなかった。ユペールはキッドマンの大胆さに言及し、「とくにこの役が、社会的には強い部分と私的には脆い部分の両方が混ざっているところが個人的に素晴らしいと思う。それを幅広い演技力で体現した」と強調した。
審査員大賞と審査員賞はともに若手女性監督の手にわたった。前者は第2次世界大戦中のイタリア・アルプスの村を舞台に、美しい映像が印象的なマウラ・デルペロの「Vermiglio」。後者はジョージアを舞台に、堕胎を秘密裏に引き受ける看護婦を描いたデア・クルムベガシュビリの「April」。リアリティとシュールで不可解な描写の融合が特徴的だ。
さらに人気度ではアルモドバルやコーベットにも引けを取らなかったウォルター・サレスの「I’m Still Here」が脚本賞を受賞。70年代、ブラジルで実際に起きた軍事政権による議員の拷問死を描いたものだが、この監督らしく政治性と家族のドラマが融合し、エモーショナルに観る者に語りかけてくる。
また今回のベネチアでは栄誉金獅子賞が、シガニー・ウィーバー、ピーター・ウィアー、クロード・ルルーシュに授与された。
今年のセレクションはスター・バリューの強い映画が目立った。受賞作品以外にも、マリア・カラスをアンジェリーナ・ジョリーが演じた「Maria」、ダニエル・クレイグがウィリアム・バロウズ原作のホモセクシュアル(クイア)に扮した「Queer」、そしてホアキン・フェニックスとレディー・ガガの「ジョーカー フォリ・ア・ドゥ」などがあった。たんにスター映画というより、彼(彼女)らがリスクを冒して大胆な役柄に挑み、それが魅力を放っているものが目立った。
ベネチアは年々、アカデミー賞に至る賞レースのキックスタート的なポジションになっているため、これらの作品が今後どのように絡んでくるか、楽しみだ。(佐藤久理子)
関連ニュース
映画.com注目特集をチェック
関連コンテンツをチェック
シネマ映画.comで今すぐ見る
第86回アカデミー作品賞受賞作。南部の農園に売られた黒人ソロモン・ノーサップが12年間の壮絶な奴隷生活をつづった伝記を、「SHAME シェイム」で注目を集めたスティーブ・マックイーン監督が映画化した人間ドラマ。1841年、奴隷制度が廃止される前のニューヨーク州サラトガ。自由証明書で認められた自由黒人で、白人の友人も多くいた黒人バイオリニストのソロモンは、愛する家族とともに幸せな生活を送っていたが、ある白人の裏切りによって拉致され、奴隷としてニューオーリンズの地へ売られてしまう。狂信的な選民主義者のエップスら白人たちの容赦ない差別と暴力に苦しめられながらも、ソロモンは決して尊厳を失うことはなかった。やがて12年の歳月が流れたある日、ソロモンは奴隷制度撤廃を唱えるカナダ人労働者バスと出会う。アカデミー賞では作品、監督ほか計9部門にノミネート。作品賞、助演女優賞、脚色賞の3部門を受賞した。
父親と2人で過ごした夏休みを、20年後、その時の父親と同じ年齢になった娘の視点からつづり、当時は知らなかった父親の新たな一面を見いだしていく姿を描いたヒューマンドラマ。 11歳の夏休み、思春期のソフィは、離れて暮らす31歳の父親カラムとともにトルコのひなびたリゾート地にやってきた。まぶしい太陽の下、カラムが入手したビデオカメラを互いに向け合い、2人は親密な時間を過ごす。20年後、当時のカラムと同じ年齢になったソフィは、その時に撮影した懐かしい映像を振り返り、大好きだった父との記憶をよみがえらてゆく。 テレビドラマ「ノーマル・ピープル」でブレイクしたポール・メスカルが愛情深くも繊細な父親カラムを演じ、第95回アカデミー主演男優賞にノミネート。ソフィ役はオーディションで選ばれた新人フランキー・コリオ。監督・脚本はこれが長編デビューとなる、スコットランド出身の新星シャーロット・ウェルズ。
ギリシャ・クレタ島のリゾート地を舞台に、10代の少女たちの友情や恋愛やセックスが絡み合う夏休みをいきいきと描いた青春ドラマ。 タラ、スカイ、エムの親友3人組は卒業旅行の締めくくりとして、パーティが盛んなクレタ島のリゾート地マリアへやって来る。3人の中で自分だけがバージンのタラはこの地で初体験を果たすべく焦りを募らせるが、スカイとエムはお節介な混乱を招いてばかり。バーやナイトクラブが立ち並ぶ雑踏を、酒に酔ってひとりさまようタラ。やがて彼女はホテルの隣室の青年たちと出会い、思い出に残る夏の日々への期待を抱くが……。 主人公タラ役に、ドラマ「ヴァンパイア・アカデミー」のミア・マッケンナ=ブルース。「SCRAPPER スクラッパー」などの作品で撮影監督として活躍してきたモリー・マニング・ウォーカーが長編初監督・脚本を手がけ、2023年・第76回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリをはじめ世界各地の映画祭で高く評価された。
「苦役列車」「まなみ100%」の脚本や「れいこいるか」などの監督作で知られるいまおかしんじ監督が、突然体が入れ替わってしまった男女を主人公に、セックスもジェンダーも超えた恋の形をユーモラスにつづった奇想天外なラブストーリー。 39歳の小説家・辺見たかしと24歳の美容師・横澤サトミは、街で衝突して一緒に階段から転げ落ちたことをきっかけに、体が入れ替わってしまう。お互いになりきってそれぞれの生活を送り始める2人だったが、たかしの妻・由莉奈には別の男の影があり、レズビアンのサトミは同棲中の真紀から男の恋人ができたことを理由に別れを告げられる。たかしとサトミはお互いの人生を好転させるため、周囲の人々を巻き込みながら奮闘を続けるが……。 小説家たかしを小出恵介、たかしと体が入れ替わってしまう美容師サトミをグラビアアイドルの風吹ケイ、たかしの妻・由莉奈を新藤まなみ、たかしとサトミを見守るゲイのバー店主を田中幸太朗が演じた。
文豪・谷崎潤一郎が同性愛や不倫に溺れる男女の破滅的な情愛を赤裸々につづった長編小説「卍」を、現代に舞台を置き換えて登場人物の性別を逆にするなど大胆なアレンジを加えて映画化。 画家になる夢を諦めきれず、サラリーマンを辞めて美術学校に通う園田。家庭では弁護士の妻・弥生が生計を支えていた。そんな中、園田は学校で見かけた美しい青年・光を目で追うようになり、デッサンのモデルとして自宅に招く。園田と光は自然に体を重ね、その後も逢瀬を繰り返していく。弥生からの誘いを断って光との情事に溺れる園田だったが、光には香織という婚約者がいることが発覚し……。 「クロガラス0」の中﨑絵梨奈が弥生役を体当たりで演じ、「ヘタな二人の恋の話」の鈴木志遠、「モダンかアナーキー」の門間航が共演。監督・脚本は「家政夫のミタゾノ」「孤独のグルメ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭。
奔放な美少女に翻弄される男の姿をつづった谷崎潤一郎の長編小説「痴人の愛」を、現代に舞台を置き換えて主人公ふたりの性別を逆転させるなど大胆なアレンジを加えて映画化。 教師のなおみは、捨て猫のように道端に座り込んでいた青年ゆずるを放っておくことができず、広い家に引っ越して一緒に暮らし始める。ゆずるとの間に体の関係はなく、なおみは彼の成長を見守るだけのはずだった。しかし、ゆずるの自由奔放な行動に振り回されるうちに、その蠱惑的な魅力の虜になっていき……。 2022年の映画「鍵」でも谷崎作品のヒロインを務めた桝田幸希が主人公なおみ、「ロストサマー」「ブルーイマジン」の林裕太がゆずるを演じ、「青春ジャック 止められるか、俺たちを2」の碧木愛莉、「きのう生まれたわけじゃない」の守屋文雄が共演。「家政夫のミタゾノ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭が監督・脚本を担当。