【「映画検閲」評論】低俗ホラーの検閲官の異常心理をあぶり出す、メタフィクショナルな恐怖の迷宮
2024年9月1日 09:00

英ウェールズ出身の女性監督プラノ・ベイリー=ボンドの長編デビュー作。映画の“検閲官”を主人公にした珍しいホラーなのだが、まずは物語の時代背景を押さえておく必要がある。1980年代半ばのイギリスでは、ビデオカセットでリリースされる映画に対する規制がなく、グロテスクな人体損壊やレイプシーンを売り物にしたエクスプロイテーション映画が大量に流通した。保守的な人々やメディアは“ビデオ・ナスティ(有害な映画)”と呼ばれたそれらの低俗な作品群が、青少年に悪影響を及ぼすと主張し、犯罪率の増加と結びつけて危険視した。そのヒステリックな論争は、マーガレット・サッチャー政権下で噴出していたさまざまな社会問題のスケープゴートでもあったが、1985年に成立した新たな規制法によって、英国映画分類委員会がビデオパッケージ映画の検閲を行うことになった。
主人公の孤独な女性イーニッドはその機関の検閲官であり、暴力的な映画を厳しく取り締まることが道徳的に歪んだ社会の浄化に寄与すると信じている。ところが彼女は「血塗られた教会」という映画の検閲中に思わぬ衝撃を受ける。イーニッドは幼い頃、森の中で妹のニーナが失踪したトラウマを抱えており、「血塗られた教会」にはその記憶を生々しく呼び覚ます描写が盛り込まれていたのだ。
かくしてイーニッドは「血塗られた教会」の主演女優がニーナだと確信し、独自の調査に乗り出すのだが、ベイリー=ボンド監督はリアルとフィクションの狭間で混乱していく主人公の異常心理を探求した。35ミリフィルムによるシネマスコープと劇中劇パートの4:3のふたつの画面サイズを使い分け、おどろおどろしい赤と青の原色を強調した照明をフィーチャー。さらにイーニッドが勤める検閲局のオフィス、地下鉄車内や地下道などのシーンに憂鬱なムードを漂わせ、そこはかとなくシュールな幻想性を創出した。撮影、美術スタッフの優れた仕事に支えられたその特異なビジュアルは、当時のイギリス社会の空気を再現するにとどまらず、ジャッロ映画やスラッシャー映画、デヴィッド・リンチの悪夢映画へのリスペクトにもなっている。
また本作は、決して暴力ホラーの有害性を説く作品ではない。終盤、イーニッドの前に現れる「血塗られた教会」の監督は「人々は私が恐怖を作り出していると思っているが、恐怖はすでに存在しているのだ。我々の中に」と言い放つのだが、この深遠なセリフが本作の主題を示している。真なる恐怖の根源は人の心の中にある、ホラー映画はそれを表出させる触媒にすぎないのだと。ゆえに、トラウマにあえぐイーニッドは為す術もなくホラーの虚構にのみ込まれ、救いようのない自己破滅的な運命をたどるはめになる。私たち観客の現実認識さえも狂わせる、迷宮的なメタフィクション映画の快作である。
(C)Censor Productions Ltd/ The British Film Institute/ Channel Four Television Corporation/ Ffilm Cymru Wales 2020, All Rights Reserved.
Amazonで関連商品を見る
関連ニュース



映画.com注目特集をチェック

“究極の推し活”を知ってますか?
大好きな俳優が出てる映画を「製作費提供」で応援できる!! これ革命的すぎますよ…!!
提供:フィリップ証券

ジュラシック・ワールド 復活の大地
【超絶パワーアップ】マジ最高だった!! 究極のスリル、圧倒的な感動、限界突破の興奮!!!
提供:東宝東和

日本よ、これが本物の“悪”だ
【拷問、殺人、裏切り、粛清】超刺激的な“史上最大ヒット作”、観たらすごかった…!
提供:JCOM株式会社

何だこのむちゃくちゃ“刺さる”映画は!?
【尋常でなく期待してる】“命より大事な誰か”のためなら、自分の限界を超えられる。
提供:ディズニー

個人的に“過去最高”!!
【たった“1秒”が爆発的に話題になった映画】実際に観たら…全てが完璧、全編がクライマックス
提供:ワーナー・ブラザース映画

名作映画に新風、吹き込む!
【大人気企画】過去の名作を新たな日本語吹き替えで…一挙に放送!(提供:BS10 スターチャンネル)