【「フィリップ」評論】生き抜く。揺るがぬ決意を表現、鋭い眼光がもたらす“映画の強度”

2024年6月30日 15:00


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1941年ワルシャワのゲットー。ポーランド系ユダヤ人のフィリップは、婚約者サラと舞台に上がる準備をしていた。場内には家族が集いふたりの出番を待ちわびている。食糧不足ですっかり痩せてしまったが心は晴れやかだ。舞台袖で求婚すると満面の微笑みでタップを踏み始める。それもつかの間、ズボンの紐が緩んでズリ落ちてしまう。慌てて袖に駆け込んだその時、突然現れたドイツ兵が銃を乱射する。一体何が起こったのか。茫然自失のその先で、永遠の愛を誓ったサラが倒れ込んでいた。

事件から2年後。恋人と家族を失い孤立無援となったフィリップは、フランス人と偽ってフランクフルトの高級ホテルで給仕をしていた。スマートな彼の作法は群を抜き、支配人からの信頼も厚い。この地で生き抜くためには、出自を隠し、誰にも気を許してはならない。嘘で固めた人格と巧みな話術、恵まれた容姿を駆使して復讐を果たすのだ。

すべてを失った日の決意は揺るがない。夫を戦地に送り出したご婦人たちの欲求を満たし、事が終わると奈落の底に突き落とす。無情な復讐を続ける中、聡明な女性リザと出会い、心を奪われていくが…。その時、フランクフルトには連合軍の熾烈な攻撃が迫っていた。

監督は、アンジェイ・ワイダの「カティンの森」(2007)や「残像」(2016)などの製作で知られるミハウ・クフィェチンスキ。ポーランドの作家レオポルド・ティルマンドの自伝を基に、強度のある作品を仕上げた。埃っぽいゲットーの狭い道から一転して軍人が行き会うフランクフルトへ。ホテルの給仕場から街路へ。フィリップを歩かせることで、刻一刻と変わる時代の空気感と彼が生きる世界をつぶさに伝える。その歩みには小刻みに反復する音楽が重なり、色調の変化で心象を映し出す映像にも目が行き届く。

監督が難役を託したエリック・クルム・Jr.は、ゲットーではイディッシュ語、フランクフルトでは流暢なドイツ語、ルームメイトとの会話はフランス語、時にご婦人の耳元ではポーランド語を自在に口にする。一年の準備期間で身体と言語力を鍛え抜き、タップや舞踏、ボクシングを学んだ。たったひとりで世界と闘う。その姿はどこまでも孤独だ。

強い映画だ。特筆すべきはフィリップの敵意に満ちたまなざしだ。どんな時も油断しない。街を歩く、誰かと会う、職場でも、野獣のようにギラついたその眼は片時も気を抜くことがない。完全アウェイの世界を生き抜く。揺るがぬ決意を鋭い眼光で表現したエリック・クルム・Jr.の演技がこの映画に強度をもたらしている。

(髙橋直樹)

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