笑うしかないけれど、遅効性の毒みたいな映画 「男女残酷物語 サソリ決戦」を見て考えた、女が男に復讐する映画と古い知人【二村ヒトシコラム】
2024年6月14日 22:00
作家でAV監督の二村ヒトシさんが、恋愛、セックスを描く映画を読み解くコラムです。今回は性的異常を抱える男と彼に監禁された女の終わりなき対決を、前衛的かつポップな世界観で描いた1969年製作のイタリア製セックススリラー「男女残酷物語 サソリ決戦」。
日本では長らく未公開でその存在すら知られていなかったものの、ハイセンスな音楽、美術とともに、不可思議な男女の対決をコミカルに描き、今月劇場初公開を迎えた本作のテーマと現代の男女の物語を、二村さん独自の視点で分析します。
55年前に制作されたのが現代になって効いてくるような、遅効性の毒みたいな映画を観ました。そういえば、サソリの毒は後で効くのよ、と歌った「さそり座の女」という古い歌謡曲がありましたね。
予告動画にチラッと写ってる巨大なオブジェを見ただけでも胸騒ぎがし、いろんなことを考えさせられてしまいます。生と死について考える人は「自分を産みだしてくれた場所に呑みこまれていくのなら、それもいいかな…」とか「それはいやだな…」とか思うかもしれません。シンプルに「女はこわい」と感じる男性も(女性も)いるかもしれません。
本篇を観ると、人間がデザインしたあらゆるものが、伝統様式にせよ未来ふうにせよとにかくおしゃれで、そんなおしゃれ空間で男と女がくりひろげる戦いのすべてがアホで(よく聞く「狂っている」という表現より「アホ」というほうがふさわしい)あきれて笑って観ているしかなく、しかし映画が終わるとやっぱりいろいろ考えさせられてしまう。そういう意味でも遅効性の毒です。
エログロ映画だろうとかポリコレ的にどうなんだとか言われそうな筋立てですが、エロい場面はそんなグロテスクじゃないです。男性から女性への性加害や監禁にトラウマがあるかたは鑑賞注意ですけど、なにしろ「ぼくが考えた、女をひどい目にあわせるための秘密基地」がアホくさくていい。
秘密基地の中にふしぎな筋トレ設備があって男性のほうの主人公セイヤーが無表情で体を鍛えているのも、自分の複製まで用意してるのも、じつにアホらしい。機械のようになりたいのであろう彼は、女がこわいというよりは、感情をもつ人間というものが、他人を愛してしまう可能性がある自分自身が、こわいのかもしれません。映画の後半で被害者(?)である女性のほうの主人公メアリーに、なかよく(?)なってもらえて、やっと人間的(?)になれて表情ゆたか(?)になって2人で野原を駈けたりするのもアホすぎる。
ただし、「女たちに暴力ふるっていたヤバい男が、かしこい女に懐柔されて精神を治療されていく」だけの映画ではないんです。男あるいは女どちらかを馬鹿にして一方的に風刺しているわけでもない。
女が男に復讐をしていく映画があります。「マッドマックス フュリオサ」みたいなアクション映画だと、あきらかに悪人だという設定の男をぶっ殺す女の姿がかっこよく、男性の観客もいっしょになって喜んでいますが、これがサスペンス映画だと「プロミシング・ヤング・ウーマン」は世界観がリアルすぎて、男性の観客の多くはしょんぼりしてしまいます。
女の復讐のためのフェミニズムというものがあります。自分を虐待したり搾取したりしていた男への復讐です。傷がふかい人は、まず憎悪の対象を血祭りにあげてからでないと先に進めない。
女性だけじゃなく男性にも、ふかい傷を心に負った人はたくさんいるでしょう。しかし人間が人間を現実に血祭りにあげるのは、いろいろな意味でむずかしい。暴力や陰謀をつかうのは犯罪だ(と認定されることが多い)し、かえって対立を激化させることになる。
だから劇映画というフィクションで(できれば味方がふえるような、よくできたフィクションで)復讐を味わっておくべきなのです。現実の環境を改革する勇気のために必要なのは、自分自身の物語の書き換えですから。そのために劇映画があるのだと言ってもいい(もちろん商業映画は収益が見込めなければ作れないのですが)。
復讐をとげて気がすんだあとのフェミニズム、いつか女と男が(マイノリティとマジョリティも)おたがいを尊重して共存していけるように、未来をめざすフェミニズムというものもあると僕は思います。
男女関係でナチュラルに男が女を搾取したり侮辱したりする(しかも男性のほうは自分が搾取や侮辱をしてることに無意識だったりする)のは、むかしからそういう仕組みで世の中がなりたってきたからなので、そのしくみや男性の意識をなんとか変えていこうとするフェミニズム。女も男も、やみくもに敵を憎んだり攻撃したり恐れたりするのは依存症的であるから(やめられるものなら、なるべく)やめよう、というフェミニズムです。
フェミニズム的な映画であっても、過激なように見えても「マッドマックス 怒りのデスロード」や「哀れなるものたち」は、未来を向いてる映画です。女やマイノリティが先に進んでいくために道中を邪魔するクズ男がいたらぶっ殺しますが、復讐が目的なのではない。だから、きれいな物語です。きれいな話をきれいごととして撮ったら芸がないからモチーフはグロテスクにして、だからこの2作は重層的な傑作なんだと思います。
話が遠まわりしましたが、「男女残酷物語 サソリ決戦」は復讐の映画でもなければ、未来に向かう映画でもありません。じゃあどういう映画なのかというと、男も女も「異性をやっつけようとすることでしか異性と愛しあうことができない」という呪われた信念を描いている映画です。やってることが残酷というより、そういう信念をもってしまった登場人物が存在せざるをえない世界が永久に終わらないことが残酷です。
僕は「マッドマックス 怒りのデス・ロード」や「哀れなるものたち」が大好きですが、「男女残酷物語 サソリ決戦」のような救いや赦(ゆる)しがない映画も好きです。きれいな映画ばかりになって、こういうコメディではないのにアホな映画が、笑うしかないような残酷な映画が、なくなってしまっては困ります(フィクションではなく現実にいるメイヤーのような人には思想を変えてほしいものですが。笑いごとではなく、けっこういると思います)。
この映画を観ながら、僕は一人の知人を思い出していました。アダルトビデオの監督です。
彼は、非道な悪の組織の基地に潜入したのに罠におちて捕えられてしまった女性秘密捜査官(美貌とエロい肉体の持ち主)が性的な拷問をうけて、くやしがりながら悪の手によって気持ちよくさせられてしまうという設定の、この映画の前半でセイヤー氏がやってたようなこと(あんな奇怪な拷問ではなく、もっと女性も気持ちよさそうだし普通のAVユーザーが普通に興奮できるような行為ですが)をポルノ映像としてやるようなAVを、ひたすら作っていました。
彼が制作していたのは合法的なAVですから事前に女優さんは台本と段取りを確認しますし、もし女優さんが痛かったらすぐ撮影をストップするよう悪役の男優さんとも綿密に打ち合わせをして、でも映画ではなくてAVですから、女優さんには本当に気持ちよくなってもらうのです。
撮影が終わって、正義が悪に敗北して何度も何度も本当に気持ちよくさせられて大汗をかいた女優さんが、シャワーを浴びて女秘密捜査官のメイクも落とし、ケロッとして帰っていくのを見送る監督の表情は満足げでもあり、どこか寂しげでもあるのでした。
僕は当時「なんでこんな映像ばかり撮ってるんですか?」と訊いてみたことがあるのですが、そしたら「われわれ男が女性をセックスでやっつけようとしても、やっつけてもやっつけても、かならず彼女は再び立ち上がり、われわれは女性には絶対かなわないのです。そのことを味わうために撮りつづけているのです」という文学的な答えが返ってきて、僕は笑ってしまって「なんだそれ」と言いましたが、言ってることはわからんでもないです。彼はセイヤー氏とはまた違った思想とキャラクターでしたが、サディストのようでいて実際はマゾヒストだったのかもしれません。しかし、いくらなんでも女性というものを神格化しすぎてますよね。
じつは彼は、その後AV業界から失踪してしまって(実話です)いま僕も連絡がとれないのですが、もしどこかで元気にしてたら、ぜひ「男女残酷物語 サソリ決戦」を観てもらいたいです。そして感想を聞きたいです。ていうか、もしもどこかでこのコラム読んでくれてたら連絡ください。
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