神山健治監督、フィリッパ・ボウエンが語る長編アニメ「ロード・オブ・ザ・リング」企画の経緯、ヘルム王の娘が主人公になった理由
2024年6月12日 14:00
「アヌシー国際アニメーション映画祭」で詳細が明らかになった、「ロード・オブ・ザ・リング」(LOTR)シリーズ初となるオリジナル長編アニメーション映画「THE LORD OF THE RINGS:THE WAR OF THE ROHIRRIM(原題)」(12月全国公開)。
J・R・R・トールキン氏によるファンタジー小説「指輪物語 追補編」の一部であるローハンの最強の王ヘルムについての記述をふくらませたオリジナルストーリーで、ピーター・ジャクソン監督の「ロード・オブ・ザ・リング」3部作の183年前の“中つ国”を舞台にした物語が描かれる。
同作でハリウッド大作の監督に抜てきされた神山健治と、「ロード・オブ・ザ・リング」3部作、「ホビット」3部作すべての脚本を手がけ、ピーター・ジャクソンとともに“中つ国”の世界を創造したプロデューサーのフィリッパ・ボウエンのオフィシャルインタビューが公開された。
神山監督は、自身が監督を務めることになった発端は、「攻殻機動隊 SAC_2045」の制作中に「日本スタイルでLOTRをやりたい」という話の相談をうけるかたちで企画に参加していったことを明かす。そのなかで、ピーター・ジャクソン監督の「LOTR」で脚本に参加しているフィリッパ(・ボウエン)が同作の脚本を執筆することになり、「僕は脚本を書かなかったこともあり、絵コンテは全部自分で切りました」と話している。
「二つの塔」から183年前の中つ国のローハン王国を舞台にした同作のストーリーについて神山監督は、「トールキンの原作ではその記述は『追補版』にあるものの、日本語版で11ページくらいしかないんですけどね。ヘルム王はローハン国史上、もっとも強かった王様。戦士であり偉大な王だった。ヘルム・ハマハンドというあだ名で、日本語訳では槌手王(ついしゅおう)となっています。拳だけで敵を殴り殺すくらいの力をもっていたからです。ある種、自分の力を過信した部分もあるんだと思います。その王様の血筋がなぜ途絶えたかというのが原作のエピソードです」と説明。また、「追補版にはわずか一行だけ『3人のきょうだいがいて、その末っ子は娘だ』と書かれていて、その娘の名前は記されてない。あの時代は女性の名前が残ることはなかったからですよね。(中略)ヘルム王はとても面白いキャラクターだけど、彼だけだと映画にならないのでヘラを加えています。僕も(LOTRでは)初めての女性のヒーローというのも面白いしアニメ的だと思ったので、それでやりましょうということになったんです」と、王女ヘラが本作の主人公になった経緯についても語られている。
同作で製作・プロデューサー・脚本を手がけるフィリッパ・ボウエンは、「ホビット」3部作の制作が終わった頃から今回の長編アニメの企画を考えはじめ、アニメーションで制作したいと考えていたときに、「神山健治監督の作品を観て、とにかくビジュアルに大きなインパクトがあり、胸に迫るようなものを持っていると感じたんです」と神山監督を監督に抜てきすることになったきっかけについて語る。実際に一緒に仕事をして、「神山監督のストーリーテリングに対してのタックルの仕方がとにかくワクワクするものでした。私は、ピーター(・ジャクソン)と仕事をしているときと同じような感覚になりましたね」と話す。
「神山さんはストーリーテラーであり脚本家であり監督なんですが、そのなかでもとりわけ、ストーリーテリングという才能にあふれた人だと思っています。そして、彼はやっぱりアーティスト。何がビジュアル的に美しいのかということもはっきり見えているし、音楽も大好きでこだわっている。本当に傑出した監督です。彼を実写界がアニメ界から盗まないことを願っています(笑)」と神山監督の仕事を褒めたたえている。
神山監督、フィリッパ・ボウエンの公式インタビュー全文は以下のとおり。
「攻殻機動隊 SAC_2045」を一緒に制作していたSOLAエンタテインメントのジョゼフ(・チョウ)さんというプロデューサーから始まった話です。彼は荒巻(伸志)さんと作品を作っていた方で、CGアニメーション作品を中心に制作するSOLAというスタジオを興したんです。このスタジオのまえは、アメリカのワーナーアニメーションに在籍していてプロデューサーをやっていた方です。そういう方が、アメリカのワーナーとニューラインがLOTRをアニメで映画化出来ないかといっているというところからスタートしました。ワーナー側にはジェイソン(・ディマルコ)さんという日本のアニメをずっとプロデュースされていた方がいらっしゃって、LOTRをアニメでやったら面白いのではということで、企画をスタートさせたんだと思います。
その頃はまだ「攻殻」をやっていた僕のところにジェイソンさんが、日本スタイルでLOTRをやりたいと言って来たんです。要はCGじゃない手描きのアニメーションですよね。今年、宮崎駿監督の作品「君たちはどう生きるか」がアカデミー賞を受賞したように、日本のアニメーションが海外でも高く評価されているんだと思います。
僕も最初は「CGじゃなくて手描きですか」という感じだった。荒牧監督はずっとCGでやってこられた方なので、僕のほうに相談してくれたんだと思います。で、僕の答えは「とても難しいんじゃないの?」でした。馬が2000頭も出て来たリ、オークの軍勢が出て来たり、ホビットだけでも大変ですよって。ホビットが大変なのは、その大きさ。ルックは人間と同じようなのでいいんですが、彼らは小さいでしょ? そういうキャラクターの比率を考えただけでも、日本(スタイル)のアニメで作るのは難しいんじゃないかと思いましたね。
それと同時に日本国内に、これをやりたいというアニメーターがいるんだろうかとも考えました。だから僕も最初、こういう作品はアニメーターであり監督という人でないと難しいと思いますと言ったんです。日本のアニメには詳しいジョゼフさんとジェイソンさんだとはいえ、日本のアニメーターのモチベーションの在り方までは理解していない。つまり、日本のアニメーターにとってもっとも重要なのは、その作品に対してモチベーションを持てるのかということです。彼らには「LOTRだよ? そんな人気作をやりたくない人なんているの?」と言われたんですが、「やりたくないわけじゃない。それがどれだけ大変かということがわかるので、凄く難しいんじゃないのかな」と答えたんです。
その頃の僕は「どう思う?」と相談されてるくらいの軽い感じで彼らの話を聞いていたんですが徐々に、彼らは本気でアニメを作りたい、しかも日本のスタイルで作りたいと思っていることが伝わってきました。そして、最初は実現不可能と思っていたわけですが、僕にとってもこんなチャンスはない。だったら具体的にアニメ映画化出来るか考えてみましょうという感じで企画に参加して行ったんです。そういうなかで、LOTRでも脚本に参加しているフィリッパ(・ボウエン)さんが本作の脚本を執筆することになりました。今回、僕は脚本を書かなかったこともあり、絵コンテは全部自分で切りました。
本作の舞台になっているのは「二つの塔」から遡ること183年前の中つ国のローハン王国。セオデン王の先祖に当たるヘルム王の時代です。ヘルム王の血筋は彼で一旦途絶えていて、ヘルム王の姉(ヒルド)の息子フレーアラーフ、つまりヘルム王の甥っ子が王座に就くんです。たしか彼、「二つの塔」に名前だけは出ていたと思います。そこから血筋が変って行ってセオデン王につながって行く。本作はそのとき、183年まえに果たして何が起きたのかを描いています。トールキンの原作ではその記述は「追補版」にあるものの、日本語版で11ページくらいしかないんですけどね。ヘルム王はローハン国史上、もっとも強かった王様。戦士であり偉大な王だった。ヘルム・ハマハンドというあだ名で、日本語訳では槌手王(ついしゅおう)となっています。拳だけで敵を殴り殺すくらいの力をもっていたからです。ある種、自分の力を過信した部分もあるんだと思います。その王様の血筋がなぜ途絶えたかというのが原作のエピソードです。
この企画、僕が面白いと思ったのは、「二つの塔」から183年前の世界で人間が主人公であるという点、そのエピソード自体が面白かったこと、そして物語がオリジナルというところでした。追補版にはわずか一行だけ「3人のきょうだいがいて、その末っ子は娘だ」と書かれていて、その娘の名前は記されてない。あの時代は女性の名前が残ることはなかったからですよね。「二つの塔」でもセオデン王の姪であるエオウィンは活躍するとはいえ、剣をもつことすら禁じられていたのでこっそり闘っていたくらいですから。
トールキンの原作で語られていなかった娘は、実はこんな活躍をしたんだよーーアニメにするにはそういうオリジナルの要素も入れたらどうだというアイデアがジェイソンとフィリッパから出ていました。フィリッパはそこをとても推していて、僕も企画を聞いていた段階で、そこに一番魅力を感じていました。ヘルム王はとても面白いキャラクターだけど、彼だけだと映画にならないのでヘラを加えています。僕も(LOTRでは)初めての女性のヒーローというのも面白いしアニメ的だと思ったので、それでやりましょうということになったんです。
「ホビット」3部作が終わったくらいのタイミングだと思います。その頃、では次はどうするという話をしていたとき、実写版でまたあの世界観を創り上げるというのは途方もないことに思え、さすがにもう一度、中つ国に行こうという気持ちにはならなかった。そんなときに誰かが「じゃあアニメーションというのは?」と言ったんです。それはとてもフレッシュな響きがあったし、凄く興味深いアプローチだと思いましたね。そもそも「指輪物語」の最初の映像作品はアニメーション(ラルフ・バクシの「指輪物語」(78年))だったわけですし、トールキンもおそらく、映像化するならアニメーションだろうと考えていたと思います。
実際に「アニメ」というアイデアが動き出したのは、それからちょっと時間が経ってから。ワーナー・ブラザース・アニメーションのジェイソン(・チョウ)さんとサム(・レジスター)さんがやってきて「(LOTRの)アニメ化はどうですか?」と言われたときに、カチっとハマったんです。私たちはもともとワーナーのアニメーションチームとパートナーシップを組んで、素晴らしい作品を作ってきましたから。
とはいえ、そういう私であっても、アニメというアートは、息を呑むくらい美しいビジュアルとストーリーテリングが大きな魅力だという印象はもっていました。その時に、神山健治監督の作品を観て、とにかくビジュアルに大きなインパクトがあり、胸に迫るようなものを持っていると感じたんです。実際、一緒に仕事をしてみると、神山監督のストーリーテリングに対してのタックルの仕方がとにかくワクワクするものでした。私は、ピーター(・ジャクソン)と仕事をしているときと同じような感覚になりましたね。もうマスタフル(Masterful/最高の技能をもつ)な感じ。巨匠と一緒に仕事をしているような感覚になったんです。ではストーリーをどうするのか? ということになったときに、自分のなかではこれだというイメージがすでにあった。考えるまでもなかったくらいです。まずは自立した物語にしたかったし、いままで語って来た物語とつなげるというふうにはしたくなかった。とはいえ、いろいろ出てくるのは出てくるんですけどね(笑)。
ファンタジーの素晴らしい作品もあるけれど、ザラザラと大地を感じるような、ひるむことのないストーリーテリングにグッと来ます。ヒーローもシンプルなヒーローではなく、必ず複雑な側面をもっていたりするし、女性のキャラクターも一辺倒ではなく深い何かがある。(本作では)パーソナリティが衝突し、個人的な葛藤が生まれ、そういうところが因果的なかたちになって、この物語を突き動かすことになる。ただのアクションではなく、人間の内面的葛藤が物語を突き動かし、大きな悲劇が物語を牽引して行く。そういうストーリーが日本のアニメのタッチにとても合っていると思いました。神山監督とプロデューサーのジョゼフに、じゃあ“ローハンの戦い”をやろうというと「いいね!」って。神山監督が惹かれたのは、ちょっと短所もあるヘルム王。子どもたちには愛はあり、それが彼の大きな特徴になっています。いまは命を吹き込まれた作品を見て、正しい選択をしたと思っています。アニメというフォーマットを選び、その第一弾としてパーフェクトな作品になったと確信しています。
原作では、重要なキャラクターである娘であるにもかかわらず名前を付けられていないんです。彼女が求愛者を断ることで戦が始まるわけだから、とても重要なキャラクターなのに。ヘラは自分のなかに、このままがんばり続けられるだけの強さを見つけなきゃいけない。そういう意味では等身大なんです。私は、彼女をスーパーヒーローもののウォリアープリンセス・タイプにはしたくなかった。もっとリアルな人間にしたかった。彼女は母親がいないのでシングルファーサーで育ち、その父王が自分を深く愛しているのはよくわかっている。戦士である父に育てられたから自分自身もおてんばなところがあります。ところが、そうやって愛されているにもかかわらず、ほかの男兄弟のようには見てもらえない。自由であったとはいえ、王国の姫の伝統的役割である、誰かと婚姻するという道しか与えられなかったわけですから。そして、私の人生を誰かが決めていること気づき始めます。自分は、父や武将たちのローハンをかけた戦いのひとつのコマになるんだと気づき始めるんです。間違えることもあるけど、とても頭がきれて勇敢で、人民が大好きで父親を愛している、ヘラはとても魅力的で素晴らしい女性です。そして最初から凄い女性だったわけじゃない。素晴らしい戦士ではあるけれど、怪我もするし倒れることもある。決して楽な道を辿ってはいないんです。そういう彼女をリアルに感じて欲しいし、若い女性たちに共感してもらいたいと思っています。
個人的にはそうなる可能性があると思っています。神山さんはストーリーテラーであり脚本家であり監督なんですが、そのなかでもとりわけ、ストーリーテリングという才能にあふれた人だと思っています。そして、彼はやっぱりアーティスト。何がビジュアル的に美しいのかということもはっきり見えているし、音楽も大好きでこだわっている。本当に傑出した監督です。彼を実写界がアニメ界から盗まないことを願っています(笑)。本当に誇らしい作品、日本のアーティストたちが本当に素晴らしい仕事をしてくれて。彼らの創造性や力強さはマジで最高。本当にこの作品にかかわれてよかったと思っている。日本の観客と早く一緒にこの作品を観たいです。
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