アウシュビッツ訪問と激しくシンクロ。「関心領域」の行間の奥深さに唸る【映画.com編集長コラム】
2024年6月2日 10:00
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「関心領域」は、実にさまざまな関心を喚起する映画でした。アカデミー賞音響賞を獲得したことにまつわるレビューはこちらに書きましたが、それとはまた別の、個人的な旅行体験をトリガーにした文章を書いてみようと思います。
アウシュビッツを訪れたことがあります。2019年の5月でした。イタリアのウディネ映画祭に参加した帰路、ポーランドに2泊した時の訪問でした。現在、アウシュビッツ収容所は博物館として一般公開されています。世界遺産にも登録されていて、私は、近隣のクラクフから少人数のツアーで訪れました。このアウシュビッツ訪問体験と、今回の「関心領域」の鑑賞が激しくシンクロして、忘れられない記憶に昇華しました。
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アウシュビッツ訪問は、なかなかヘビーな体験でした。現地を訪れてまず驚くのは、色々な映画でお馴染みになっている監視塔や列車用の線路、収容棟などの建物が良好なコンディションで残っていること。「当時の面影を残す」というレベルではなく「当時のママ」残っているのです。それもそのはずで、アウシュビッツ・ビルケナウ収容所は、1940年に建立し、終戦の1945年までのたった5年ほどしか使われていない。そもそもあまり傷んでいないのです。終戦後は戦争の負の遺産として大切に保存されていますので、今訪れても当時とほぼ同じ姿。ホロコーストの悲劇を後世に語り継ぐために、映画のロケでも頻繁に使われています。
現地で強く感じるのは、やはり、その厳格な佇まいと建物の中身に見え隠れする惨劇の歴史です。ガス室や収容棟の恐るべき空虚さや、無慈悲な雰囲気には誰もが言葉を失います。整然と展示された収容者たちの肖像写真や遺物(カバンや靴)にも感傷的なものが込み上げます。また、思いがけず遭遇し、酷く心を動かされたのは、私たちと同じツアーでそこを訪問したユダヤ人たちが慟哭し、祈る姿です。
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イスラエルの国旗がたむけられた一画で、すすり泣く女子がいました。胸が締めつけられる、忘れられない光景です。少なくとも自分には、同胞のために祈ったり泣いたりした経験はありません。
自身の想像力だけでは、アウシュビッツ体験をうまく消化できなかったので、日本に帰ってから「シンドラーのリスト」を見直し、その後ルドルフ・ヘスの「アウシュヴィッツ収容所」(講談社学術文庫)を読みました。これは壮絶な手記です。今回「関心領域」を見たことで、このヘスの著書の内容を断片的に、しかしリアルに思い出すことになったのです。「もしや、この本が映画の原作ではないのか?」と思ったほどリアルに。
ヘスの「アウシュヴィッツ収容所」は、驚くほど詳細で綿密なヘス本人による記録です。ホロコーストという未曾有の大量殺戮の現場を担ったナチスの将校が、いかなる苦悩と葛藤のもと、ミッションを遂行していったかが綿々と綴られています。
所長になったヘスは、次々にアウシュビッツに運び込まれてくる大量の収容者を、いかに速やかに、かつ苦痛を伴わせずに「処理」するかに頭を悩ませていました。当初は銃殺で対応していましたが、これだと他の収容者に聞こえる上に恐怖感を増長させる。撃つ側の罪悪感も半端ない。それより何より、とにかく効率が悪い。
ヘスはある日、究極のソリューションを見出します。害虫駆除用のガス剤「チクロンB」を使った大量殺戮に成功するのです。このガスならば、殺害は瞬時に完了し、処理された人々には苦痛の表情がそれほど見られない。これから運び込まれてくる大量のユダヤ人の処理について見通しが明るくなります。
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「アイヒマンも私も、こうした未知の大量殺害の方法がつかめないでいた。ガスを用いることはたしかだったが、さてそのガスの種類と方法は? だが、今や、われわれは、そのガスと、方法をも発見したのだ」ヘスは著書で回想しています。大量殺戮の方法を見つけた喜び、安堵の気持ちを隠していません。
私の推測ですが、「関心領域」の中で「ヘス作戦」として語られるのは、このチクロンBを使ったガス室のガス噴射と、映画の中で葬儀屋が説明する火葬とのパッケージソリューションではないかと。大量のユダヤ人が「アウシュビッツに到着 → シラミの消毒と偽ってシャワー室へ誘導 → シャワーではなくチクロンBを放出 → 全員が死亡 → 速やかに火葬」というパッケージです。実におぞましい、しかし上司には賞賛され、自身の昇格を後押しするパッケージ。
ヘスは「私は、アウシュヴィッツで、大量虐殺の開始以来、もう幸せではなくなった」と述懐しています。映画の中で、ヘスが喜怒哀楽をあまり見せないのは、党のミッションと自らの人間性の間で板挟みになっていたからであることは明白です。それに加えて、ヘスの仕事に対する「妻の無関心」というのも実は大きかったのだということが同書からも明らかです。
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「関心領域」では、とても残忍で濃密な主題(ホロコースト)を、核心部分を一切見せずに、現場の当事者とその家族というパーソナルな観点に移し、からめ手から描いたところはスタイルとしては斬新で、口当たりも意外にマイルドです。ところが、関連書籍などを当たってみると、製作陣の厖大なリサーチと緻密に構成されたプロットが慄然と存在していて、映画のクオリティが別次元であることが分かります。惨劇の記憶は、映画の行間に巧みに注意深く隠されています。
ルドルフ・ヘスは、アウシュビッツ収容所の敷地内で、1947年に絞首刑に処せられました※。この映画の監督ジョナサン・グレイザーはユダヤ人ですが、その件に関する言及はなく、ヘスを人間としてフェアに描いていると感じました。
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アウシュビッツ訪問時、私は、その周辺に存在する「関心領域」について全く知りませんでした。これから同地を訪れる方は、果たしてその領域が今も存在しているのか、注意を払って見学いただけたらと思います。私も、機会があればもう一度同地を訪れてみたいと強く思いました。
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