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【「無名」評論】2大スター競演とノスタルジックな映像美、巧みな構成で描くスパイ・ノワール

2024年5月5日 08:00

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「無名」は公開中
「無名」は公開中
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アジアを中心に世界の名匠たちの傑作で映画史に残る名演を残してきたトニー・レオンの“色気”に久々に酔いしれることができる作品。ウォン・カーウァイ監督「花様年華」、アン・リー監督「ラスト、コーション」などの作品でみせた、ビシッと決まったヘアスタイルとスーツ姿にタバコ。完璧な身なりと巧みな言葉使い、醸し出される大人の余裕とどこか自己陶酔しているようなダンディな男を演じさせたらアジアで彼の右に出る者はいないのではないか。

そんなレオンが主演した新作「無名」は、第2次世界大戦下、1940年代の中国・上海を舞台に暗躍した名もなきスパイたちを描いたノワールサスペンスである。中国共産党、中国国民党、そして日本軍のスパイ同士が繰り広げる一進一退の攻防劇と究極の心理戦が描かれる。激動の時代を背景に、本当の敵と味方は誰なのか、信頼と裏切り、死と隣り合わせの麗しくも哀しき宿命のドラマ展開から最後まで目が離せない。

禁断の愛を描いたラブサスペンス「ラスト、コーション」も舞台が1942年の日本軍占領下の上海で、タン・ウェイが演じる抗日運動の女性スパイに命を狙われる日本軍傀儡政府の顔役をレオンがエロチックでニヒルに演じていた。「花様年華」の舞台は1962年の香港で、それぞれ家庭を持つ男女の不倫の愛を描いた大人の“純愛”ドラマだ。マギー・チャンが演じた商社の秘書と交わす“視線の愛”。レオンが演じる新聞編集者の男がつのらせていく思いをくゆらせるタバコの煙や背中などで表現。両作品でも当時のファッション(スーツ)を難なく着こなし、タバコを吸う所作ひとつで色気たっぷりに見るものを魅了した。また、警察とマフィアにそれぞれ潜入した2人の男の生き様を描いた香港ノワールの傑作「インファナル・アフェア」でみせていた潜入捜査官を彷彿とさせるスパイのギリギリの心情を抑制のきいた佇まいで演じ、昨年60歳を迎えたレオンが、スタントなしのアクションで迫力の対決シーンを演じているのも見どころのひとつ。円熟味が加わり、色気と迫力が増している。

そんなレオンを相手に圧倒的な緊張感と比類なき美しさを発揮したのが、アーティスト活動で人気を博し、いま中国でもっとも注目を集める若手俳優であり、本作で映画初主演の座をつかんだワン・イーボーだ。本作のために上海語と日本語を学び、難役を見事に演じている。さらに「ウィンター・ソング」のジョウ・シュン、「人生は琴の弦のように」のホアン・レイに加え、ダー・ポンエリック・ワンジャン・シューインチャン・ジンイーらが脇を固めており、日本軍スパイのトップを演じた森博之がこれまでのステレオタイプとは異なる日本軍人役で存在感を見せているのも注目だ。監督・脚本・編集を手がけたのは「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・上海」のチェン・アル。1940年代の上海の壮麗な街並みやファッションを再現。光と影を意識したノスタルジックな映像が美しく、時間軸をずらし、フラッシュバックを用いた語り口によりミステリアスな効果を増加させて、エンディングに深い余韻を残す。

本作単体でも中国の新しいスパイ・ノワール作品として見応え充分だが、前述したレオンの過去作品を見ておくと、より味わい深く鑑賞できる作品になっている。

和田隆

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