【「マエストロ その音楽と愛と」評論】構想15年。米音楽界最高の巨匠バーンスタインとその妻の知られざる素顔を描いた人間ドラマ
2024年1月2日 20:00
Netflixとアンブリンが製作、「アリー スター誕生」のブラッドリー・クーパー2本目の監督・主演作(企画はこちらが先)。アメリカ音楽界の巨匠レナード・バーンスタインの人生を、その妻フェリシアとの関係を中心に描く。
ユダヤ系のバーンスタイン(ブラッドリー・クーパー)は新進気鋭の音楽家。臨時の指揮者としてカーネギーホールの壇上に立ち、一夜にして成功を収めた後、コスタリカ人の女優フェリシア(キャリー・マリガン)と運命の出会いを果たし結ばれる。生活が安定し新しい家族にも恵まれ、作曲家やタレント、教育者など多彩な才能を開花させるレナードだったが、そこに驚くべき素顔があることをフェリシアは知ることになる。
元々は2008年頃に始まった企画で、監督がマーティン・スコセッシからスティーブン・スピルバーグ(共に製作として参加)へと移り、最終的には主演のクーパーが巨匠たちからのバトンを受けた。まず彼は実際のステージ衣装や写真、映像や書簡など40万点もの遺品コレクションを徹底研究し、遺族からの承認を得て、脚本を単なる伝記物から夫婦の愛憎劇、特に妻に焦点を当てる物語へと進化させた。
早期からオファーを受けたマリガンは、チリで存命中のフェリシアの義弟に会うなどして役作りに専念した。モノクロにも関わらず輝くように美しいファーストカットを経て、 奔放な夫と戦い、母のように赦し、子供たちを守り、病に倒れるまでを、メイクに依存せず役を引き寄せて演じきった。クレジットの先頭がマリガンであることも納得の名演だ。
中盤のクライマックス、1973年の英イーリー大聖堂で振ったマーラーの交響曲第2番「復活」の再現はほぼワンカット、この場面含め時代性を考慮して35mmフィルム、スタンダードサイズの画角に収められた。主にヤニック・ネゼ=セガン(ステルスでも指揮)の指導を受けたクーパーは準備に4年を費やしており、この7分間のために本編を見る価値があると思わせる。
実際のバーンスタイン邸で撮影を敢行、同性愛者として複数の若い男性と交際していた様子が描かれるなど、遺族の協力あってのエピソード満載だが、そこに配慮しすぎたためか、強いリベラル志向、赤狩りから続くFBIからの監視、ベトナム戦争を巡るジョン・F・ケネディとの不仲、ブラックパンサー党の擁護とユダヤ社会からの反発、音楽界の人種差別撤廃など、バーンスタイン夫妻の政治的な功罪が描かれないのは残念との声もある。とはいえ、家族から無二の信頼を得て音楽界の伝説を初めて映像化した手腕は高く評価されるべき。クリント・イーストウッドやベン・アフレックに続く俳優監督として今後も期待したい。(本田敬)
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