【佐々木俊尚コラム:ドキュメンタリーの時代】「無理しない ケガしない 明日も仕事! 新根室プロレス物語」
2024年1月2日 08:00

驚くほどおもしろく、人情と感動のたっぷり詰まった物語である。舞台は北海道・根室。この地で2006年に「新根室プロレス」というアマチュアのプロレス団体が旗揚げした。中心となったのは、おもちゃ屋を営むサムソン宮本という中年男性。
このサムソン宮本と、彼を取り巻くレスラーたちの群像劇として本作は描かれていく。プロレスが好きすぎて、思いあまって100万円も出費してリングを自腹で買ってしまったサムソン。彼がいろんな人たちを巻き込んでリングネームをつけてやり、覆面をかぶせ、リングに上げていく。「歩く熊猫山脈 アンドレザ・ジャイアントパンダ」はニュースなどで取りあげられ東京でも話題になった。
「小さな大人 オッサンタイガー」「盗撮実況 MCマーシー」「超暇人 ハルク豊満」「疑惑の判定 ロス三浦」。親父ギャグの要素もやけに多いが、そのおかしなリングネームでみんなが楽しそうにプロレスの技をかけあう。観ているだけでほのぼのとした気持ちになる。「無理しない ケガしない 明日も仕事!」という団体のモットーも最高だ。
(C)北海道文化放送この映画は、内側に「居場所のなかった人たち」の物語をはらんでいる。
根室にかぎらず地方の暮らしでは、思春期のスクールカーストが大人になってもついてまわる。スクールカーストの上位のヤンキー仲間たちは中年になっても結束が高く、心地良い共同体に守られながら地方生活を堪能していける。そこに入れない下位の若者たちは、大学進学などで都会に出て行くか、そうでなければ、極端に言えば「ずっとパンを買いに行かされる」というような人生を甘んじて受け入れないといけない。居場所を見つけるのは難しく、かといって都会のような自由も乏しいのだ。
新根室プロレスのメンバーに共通するのは「学生時代イケてなかった」ことだという。たしかにみんな心優しそうだったり、気が弱そうだったりと、思春期のころはけっこう苦労したんだろうなあと思わせる風情を漂わせている。そういう彼らがサムソンの導きによって、リングという場所にたどり着き、「ここが自分の居場所なんだ」「ここに仲間がいるんだ」と実感している様子がひしひしと伝わってくるのだ。
(C)北海道文化放送しかしこの幸せな物語は、途中から暗転する。サムソンが不治の難病に冒され、リングを降りなければならなくなったのである。そこから物語はリングの仲間だけでなく、サムソンを支える家族の物語へとつながっていき、そして悲しみと感動の結末へとまっしぐらに走って行く。ヒューマンで切なくて、21世紀の「フーテンの寅さん」のような趣きの作品である。
本作は、北海道のテレビ局・北海道文化放送が番組として放送したものが元になっており、番組自体もギャラクシー賞奨励賞や民放連のエンターテインメント部門優秀賞などを受賞し、高く評価を得ている。ローカルなテレビ局ならではの温かい視線、持続する出演者との関係性に支えられた演出が素晴らしいということも付け加えておきたい。
(C)北海道文化放送(C)北海道文化放送
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