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子ども時代のホロコースト体験を生存者が証言する「メンゲレと私」監督インタビュー

2023年12月2日 09:00

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クリスティアン・クレーネス監督とフロリアン・バイゲンザマー監督
クリスティアン・クレーネス監督とフロリアン・バイゲンザマー監督
(C)ChrisHadere

ゲッベルスと私」と「ユダヤ人の私」の「ホロコースト証言シリーズ」の第3弾にして最終作となるドキュメンタリー「メンゲレと私」。このほど、クリスティアン・クレーネス監督&フロリアン・バイゲンザマー監督によるインタビューが公開された。

本作は、わずか9歳でカウナス郊外のゲットーに送られ、その後、12歳でアウシュヴィッツ強制収容所に連行されたリトアニア出身のユダヤ人、ダニエル・ハノッホ(1932年生まれ)を映す。金髪の美少年だったハノッホは、“死の天使”の異名を持ち、非人道的な人体実験を繰り返した、ヨーゼフ・メンゲレ医師の寵愛を受け特異な収容所生活を送る。しかし、ダニエルが見た真の地獄は終戦末期に連合軍の攻勢から逃れるため強制的に連れていかれた「死の行進」であった。少年時代に目撃した暴力、伝染病、カニバリズムといった人類史の最暗部を語る。

アウシュビッツの生存者ダニエル・ハノッホ氏
アウシュビッツの生存者ダニエル・ハノッホ氏
――本作の主役であるダニエル・ハノッホさんとは、どのように知り合ったのですか?

「ホロコースト証言シリーズ」の一番最初の作品である「ゲッベルスと私」(2016年・日本公開は2018年6月)が、イスラエルのエルサレム国際映画祭で上映された時に、ダニエル・ハノッホさんが観に来ていました。会場にはホロコースト生存者やその子孫が大勢いたのですが。ヨーゼフ・ゲッベルスの秘書だったブルンヒルデ・ポムゼルさんが主役の作品で、上映後、会場がシーンと静まりかえっていた時に、彼が立ち上がり、「ホロコーストの過去に向き合うために重要な作品だ」と述べてくれたのです。それで、会場の空気が一瞬で変わりました。その後、ビールを一緒に飲んで、彼の子ども時代の体験を聞き、是非この人の映画を撮りたいと思いました。彼は、終戦間際にはオーストリアの強制収容所にいた人でもありますから、そういう点でも、私たちにとっては重要な人物でした。

――撮影には、どのくらい時間をかけたのですか?

ダニエルさんをイスラエルに訪ねて、1週間ほど滞在し、彼が実際にどのような体験をしたのか、色いろと伺いました。そこから、映画全体の構成を組み立てていきました。私たちが映画を作る時には、いつも長い時間をかけます。証言者にじっくりと考えてもらい、自分の言葉で体験を語ってもらうためです。私たちは、一般的なインタビューとは異なり、映画を観ている人々に証言者が直接語りかけるような映像を撮ることを心がけています。ダニエルさんの場合は、実際のインタビューは12日間ほど行い、撮影時間は40時間でした。ダニエルさんの人物像が伝わるような作品に仕上がったと思います。

――ダニエルさんのゲットーや強制収容所での体験があまりにも壮絶です。子どもだったのに、よく生き延びることができたと驚きました。

その通りです。よく生き延びたと思います。ダニエルさんは、ある日を境に、突如、成長しなければならない立場に置かれた人なのです。まだ幼い頃に、家族からいきなり引き離され、大人の世界に放り込まれてしまった。しかも、その後、様々な強制収容所を転々と移動させられました。見知らぬ土地や言葉も分からない場所に、無理やり連れて行かれ、いつ死ぬかも分からない状況におかれたのです。子どもの純粋無垢な視点は、大人とは全く違います。ダニエルさんは、周りの人々や状況を観察し、その中で成長し、本能的に正しい決断を何度も下しながら、生き延びました。その際、彼を支えたのは、想像力だったのです。今は悲惨な状況にいるけれども、いつかパレスチナに必ず行くのだ、という希望があったのですね。大人が思うよりも遥かに強い想像力とポジティブな気持ちを、子どもは持っているものなのです。

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――「アウシュヴィッツは良い学校だった」とダニエルさんは語っていますが、これはどういう意味なのでしょうか?

もちろん、皮肉が込められている言葉だとは思いますが、実際、ダニエルさんにとって、アウシュヴィッツ強制収容所は、恐ろしい場所であると同時に、ある種の規則がある場所でもあったようです。食べ物が乏しいなかで、日々、厳しい労働をこなしながら、ダニエルさんは色いろと工夫して、生き延びる方法を、そこで身につけていきました。その後、彼は“死の行進”を経て、終戦間際にオーストリアの強制収容所に辿り着くのですが、そこは文字通り、食べ物が全くなく、収容されていた囚人たちは疫病で、日々、バタバタと死んでいきました。死体がゴロゴロと転がっている、そんな悲惨な環境のなかで生き延びる際、彼にとっては、アウシュヴィッツで学んだことが役に立ったのでしょう。

――「ハンガリー人がカニバリズムを行っていた」という証言がありますが、これは一般的には知られていない史実なのですか?

全く知られていない訳ではありませんが、カニバリズムは、ある種、タブーな話題でもあるため、これまで、あまり触れられてきませんでした。でも、ダニエルさんは、このことを話すことを怯みません。ハンガリー人が行っていたとダニエルさんは証言していますが、もちろん、他の国の人でも、カニバリズムに関わった人はいたはずです。ダニエルさんが収容されていたマウトハウゼンとグンスキルヒェンの強制収容所には、ハンガリー人の囚人が多かったのです。そのため、彼の印象に強く残ったのでしょう。実際、これらの強制収容所では、終戦間際に食べ物が全くない状況だったので、そうした時に、恐ろしいことに、一部の人間がカニバリズムに至ってしまった訳です。

――ダニエルさんは、オーストリア人はとても冷たかったが、イタリア人は親切だったと発言しています。その違いはなんでしょうか?

ダニエルさんの発言は、全て彼自身の体験にもとづいています。反ユダヤ主義は、ドイツだけではなく、世界各国でありました。ユダヤ人への迫害もそうです。ダニエルさんは、リトアニアでそれを体験しています。ポーランドでもそうでした。強制収容所から解放された後も、ダニエルさんはオーストリアで嫌な体験をしています。オーストリアは、反ユダヤ主義が強い傾向がある国なのです。一方、イタリアは事情が違います。イタリアには強制収容所がなかったので、ファシズムのプロパガンダが、ドイツやオーストリアほど強く浸透しませんでした。親切にしてくれる人も多かったので、ダニエルさんは、イタリアに良い印象を抱いているのです。

――今後も、証言者が自らの体験を語る「ホロコースト証言シリーズ」を製作される予定でしょうか?

ゲッベルスと私」を作った際、当時を体験した第一世代が語る貴重な物語を、後世の人々のためにきちんと記録し、残さなければと思いました。あの作品のブルンヒルデ・ポムゼルさんは、盲目的にナチ・ドイツに従っていた人でしたから、他の視点も必要だと思い、次作では、被害者の立場だったマルコ・ファインゴルトさんの「ユダヤ人の私」(2019-2021年・日本公開は2021年11月)を作りました。二人とも、撮影時に100歳を超えていました。本作「メンゲレと私」は、当時少年だったダニエル・ハノッホさんの視点から描く物語です。あの時代を体験した人々は、現在、高齢になりつつあり、証言者を見つけ出すのは困難を極めますが、もし可能ならば、当時、ナチスに抵抗をした人、そして、加害者側にいた人の作品を、今後は作りたいと思っています。

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――現在、世界は予想もしていなかったウクライナの戦争や、イスラエルとガザの現状など、混迷を極めています。このことについて、どのように思いますか?

2018年に「ゲッベルスと私」が日本で上映された頃から、既に、世界は危うい状況になりつつあると漠然と思ってはいましたが。まさか、ここまで急速に状況が悪化するとは予測していませんでした。昔のでき事や年配者たちの語りから、過去に何が起きたのか、また今後、世界で何が起きるのかを知ることは可能だと思います。手遅れとなる前に、まずは過去について、私たちは学ぶべきではないでしょうか。現在、世界中でファシズムが進んでいますが、それに対抗するには、過去について知ることが重要なのです。ひょっとすると、私たちはいま、歴史が変わる転換点にいるのかもしれません。これまでの数十年間を振り返ると、現在のウクライナで、数年前には想像しなかった戦争状態が起きています。

イスラエルとパレスチナの現状については、私たちは何らかの判断をしたり、断言することはできませんが、ハマスのミサイル攻撃でイスラエルが大変な被害を受け、反面、イスラエルのガザへの攻撃で、たくさんの命が奪われています。実際に犠牲になっているのは子どもたちなのです。この何十年間、イスラエルとパレスチナは、脆い共存をしてきたことがはっきりしました。この血にぬれた戦争を一刻も早く終わらせねばなりません。ダニエルさんは、パレスチナの状況をずっと批判的に見てきた人なのです。彼は昔、イスラエル建国の際に兵士として戦った人なのですが、それでも彼は、武力行為と、それへの報復によっては、問題は何も解決しないと言っています。今後、他のエリアでも、新たな戦争が勃発するかもしれません。でもだからこそ、この状態を、世界全体で平和的に解決すべきなのです。

12月3日から、東京都写真美術館ホール、大阪・第七藝術劇場、沖縄・桜坂劇場ほか全国公開。

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