ジャズピアニスト・海野雅威、奇跡の復活の裏側にあったロイ・ハーグローヴへの尊敬の念
2023年11月25日 12:00

2018年に49歳で急逝した天才ジャズトランペッターのドキュメンタリー映画「ロイ・ハーグローヴ 人生最期の音楽の旅」のトークイベントが11月24日、東京・TOHOシネマズシャンテで行われ、ジャズピアニストの海野雅威が出席した。
ジャズの伝統を受け継ぐ正統派かつエネルギッシュなプレイで、瞬く間にシーンの寵児となったトランペット奏者、ロイ・ハーグローヴ。本作では、華やかなキャリアの裏で病と隣り合わせの生涯を送った彼の、人生最期となった18年夏のヨーロッパツアーに密着。命を燃やすようにトランペットを演奏する姿を映し出した。

16年にハーグローヴが率いるバンド「ロイ・ハーグローヴ・クインテット」に日本人としては初のレギュラーメンバーに抜擢された海野は、劇中で描かれたヨーロッパツアーにも参加。晩年のハーグローヴに最も近くで接してきたミュージシャンのひとりと言える存在だ。
バンドに参加する前から自身にとっての「ヒーローであり、大ファンだった」と憧れの人だったそうで、レギュラーメンバーとして声がかかったことも夢のような出来事だったという。とはいえ「彼から『ピアニストをやってくれ』と直接言われたことはない」のだとか。海野は「不思議なバンドで、バンドメンバーも『なにかに出るらしい』という感じで、マネージャーもなにも言ってくれない。航空会社のマイルをチェックして、どこまでの飛行機(のチケット)が買われているのかわかる。『次のフライトのスケジュールも取られている』『次もだ』と繰り返すうちに、レギュラーのピアニストなんだなということがわかりました」と正式なオファーがあったわけではないと明かし、会場をどっと笑わせた。
劇中では、ハーグローヴが海野のピアノについて絶賛している場面も映し出されている。「映画を観てびっくりした」という海野は、「本当に光栄。あのシーンは、天国からのギフトのよう」としみじみ。「ロイのバンドはリハもないし、譜面もないし、曲順も決まっていない。突然ロイがバーッと吹き出すのに、みんなが付いていかないといけないというバンド。最初は僕が付いてこられるか、半信半疑だったと思う。食らい付いていくぞという気持ちでやっていたので、僕の成長を喜んでくれたんだと思う」と目尻を下げた。

またハーグローヴは、若手の才能を世に送り出したいと願う、教育者としての一面も持っていた。大学などで指導をするのではなく、ライブハウスに足を運んで、若手と一緒に演奏をする“実践スタイル”でジャズを教えていたそうで、海野は「ロイは深夜にやってきて、若手に混じってやっていた。あの時期のニューヨークには『ロイが来てくれかも』という期待感があった」と切り出し、「キャリアを積んでくると、上手い人と一緒にやらないと、自分のいいところを見せられないと思っている人も多い。ロイはアマチュアでも一緒にやってくれる。心の広い人だった」と特別な存在だったと吐露。死後は「『ロイが来てくれかも』という期待感がないことがせつなくて、さみしい。自分の演奏と生き様を見せて、去っていった。カッコよすぎる」と恋しがった。
海野は、「『自分を信じてそのままやれ』という自信を授けてくれた。『世界中でお前のピアノは聴かれるべきだ』と言ってくれた」と感謝しきり。海野は20年、アジア人であることを理由に暴漢に襲われ、重傷を負った経験を持つ。ジャズ界の先輩たちから脈々と受け継がれたソウルを大切にしつつ、次の世代へと伝えようとしていたロイを思い返しながら、「大きなジャズツリーの中で、僕にもいろいろなものを託そうとしてくれた。僕も今、自分ができることをしなければいけないという気持ちが強くなった。暴漢に襲われた時には『こんなことで死んでたまるか』と思った。ロイがここまでしてくれたことを、つないでいかないといけないということが、回復力につながった」とピアニストとして奇跡の復活を遂げた裏側にも、ロイの支えがあったと打ち明けた。
貴重なエピソードの数々に、観客も前のめりになって聞き入っていたこの日。海野は「音楽に国境はない。日本人の僕を(レギュラーメンバーに)選んでくれたことが、彼がいかにオープンな心を持っていた人だったかを表している」と最後まで熱弁していた。
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