畠山くんが映画の主人公になった。「NO 選挙,NO LIFE」【映画.com編集長コラム】
2023年11月17日 10:00
「畠山くん」と、おもむろにくん付けで書き出してしまいましたが、この映画(「NO 選挙,NO LIFE」)の主人公の畠山理仁くんは私の知人です。知人が、映画やテレビにちょっとだけ出演するという事例は時々ありますが、丸っと映画の主人公になるというのは初めてです。凄いなあと思うし、とても嬉しい出来事です。
私が初めて会社を設立したのは25年以上前のことですが、当初、社員は私を含めて3人でした。そのうちの1人が私と同郷の女子で、社長と社員というよりは、先輩後輩的な関係でよく一緒に遊んでいました。この女子と、後に結婚したのが畠山くんなのです。
フリーライターだった畠山くんは、私が映画.comをスタートさせた直後にも、楽しい原稿を寄稿してくれました。日本人では非常に珍しい、北朝鮮への渡航歴を持つ彼が、当地で映画館やビデオの普及状況をレポートしてくれた「北朝鮮の映画事情」的な原稿を書いてくれたことは今でも覚えています。もうページは残っていないのですが、1998年頃のことだったはずです。
その後、選挙を専門に取材するジャーナリストとして活動を始めたことは知っていましたが、夫婦に子どもが生まれたという噂を風の便りに聞いたぐらいで、とくにお互い連絡を取ることはありませんでした。ただ、SNSでは繋がっていますし、選挙に関するドキュメンタリーの「香川1区」に彼が出演しているのは見ていましたし、彼の著書「黙殺」が文学賞を受賞したのもニュースで見たし、元気に活躍しているのは認識していました。
この度の「NO 選挙,NO LIFE」は、そんな畠山くんの選挙取材に密着したドキュメンタリーです。選挙に関するドキュメンタリーは私もかなりの本数を見ていますが、「選挙を取材するフリーランスのジャーナリスト」をテーマにした映画はかなりレアです。
選挙のドキュメンタリーには、ある種の定形があります。クルーが候補者に密着し、立候補からの選挙活動を経て、投票日、開票速報までを撮影するというパターンです。開票の結果「勝った」「負けた」いずれかのオチが最後に必ずありますから、見る者はなかなかのドキドキ感を楽しめます。大体の場合、密着する候補者は1名だし、扱う選挙も1つだけです。
ところが今回の「NO 選挙,NO LIFE」は、複数の選挙を次々に取材していく畠山くんが主人公です。撮影期間も長期にわたるし、移動距離も厖大です。
象徴的なのが、映画前半の長野におけるシークエンス。畠山くんは、参院選に出馬する蓮舫のコメントを取りに長野に行きます。蓮舫で参院選だから、東京でつかまえればいいのですが、東京では接触するのが難しいので、立憲民主党のローカル候補者の応援演説先で待ち構える作戦に賭けたのです。
その取材の効率の悪さに驚くとともに、「候補者全員に話を聞く」という彼の取材ポリシーに頭が下がりました。著書の「黙殺」にも書いてありますが、選挙に立候補する人は、みなリスクを取って命がけで出ている。そんな人たちを「泡沫候補」って呼ぶのは失礼だ、というのが畠山くんの主張です。
そうは言っても、映画には相当に怪しい候補者も登場します。自分のことを超能力者だと思っている候補者で「ベルリンの壁崩壊は自分が原因」と語る人が出てくるし、「トップガン政治」を標榜する初老の建築家は、街頭演説の段取りが悪く、畠山くんに機材の使い方をアドバイスされています。この候補者の特技は「バッティングセンターで170キロを打てる」ことなんだとか。
テレビの選挙報道では決してお目にかかることのできない珍しいシークエンスの数々は、見る者の心を和ませて止みません。それは、畠山くんの人懐っこい表情と、一方で政策には鋭く突っ込むフェアな姿勢の賜だと思います。ジャーナリストとして筋が通っていて決してブレないので、著名な政治家にも一目置かれていることが、この映画を見れば分かります。
映画の中で、おもに経済的な理由から「もうこの仕事は辞めるつもり」「これが最後の現場取材になる」と彼は度々語っていますが、恐らくその選択肢には誰も賛成しないでしょう。だって、他に誰もやっていないユニークな仕事です。ユニーク過ぎるから映画にもなっているわけで。
同行のディレクターから「ハードな取材ですね」と水を向けられ、「ハードですか? 楽しいじゃないですか」と即答するシーンがとても印象的でした。好きなこと、楽しいことを仕事にできるって、実はなかなかないことです。畠山くんには、選挙の仕事をいつまでも続けて欲しいと思います。きっと、みんなが今以上に応援してくれるはずです。
「NO 選挙,NO LIFE」は11月18日公開。
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