【佐々木俊尚コラム:ドキュメンタリーの時代】「ブリング・ミンヨー・バック!」
2023年9月17日 08:30
日本の民謡を「踊れるカッコいい音楽」として21世紀に甦らせているバンド「民謡クルセイダーズ」に密着した作品である。米軍基地の町・福生で生まれ、2017年に出たファーストアルバム「エコーズ・オブ・ジャパン」は絶賛を浴び、2019年には南米やヨーロッパでのワールドツアーも敢行した。ツアーの大盛り上がりも含め、全編が彼らの音楽で満ちあふれている。
民謡は、日本ではとっくに忘れ去られた音楽である。
戦後すぐに生まれた「団塊の世代」は今70歳代なかばになっているが、彼らの聴いていた音楽はおもにポップスやロック、それに1960年代ぐらいから大衆音楽となった演歌ぐらいで、民謡を聴いていた人は少ないはずだ。個人的な体験を思いかえせば、明治から大正にかけて生まれたわたしの祖父母は民謡を好み、よく口ずさんでいた。そういう戦前派の人たちの多くは、すでに鬼籍に入ってしまっている。現代日本で民謡を好む人は、演者を除けばごくわずかしかいない。
それでも民謡を復興させようという動きは、戦後も何度となくあった。本作の民謡クルセイダーズが影響を受けたという東京キューバンボーイズがそうだったし、ロックやフォークでも少なくなかった。たとえば「フォークの神様」こと岡林信康は1980年代、「エンヤトット」をテーマにしたアルバムを出しているし、同じころに宇崎竜童も和太鼓を導入した「竜童組」というバンドを結成している。シティポップのレジェンド大瀧詠一でさえも、「A LONG VACATION」が大ヒットする以前の1970年代には「音頭」にはまっていたのは有名である。
しかしそのころの和洋折衷音楽は、何とも言えない「気恥ずかしさ」があった。洋楽を無理に日本の伝統音楽と組み合わせようとして、しかしうまく融合せず、とってつけた感がなんともむず痒かったのである。2023年の今それらの楽曲を聞き返してみても、あいかわらずそのような気恥ずかしさは感じてしまう。
しかし時代は変わった。
1980年代終わりごろからワールドミュージックという音楽用語が使われるようになり、レゲエが流行り、アフリカンが流行り、ラテンが再発見された。1997年にライ・クーダーがキューバの老ミュージシャンたちを見つけ出して制作した傑作アルバム「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」は新しいワールドミュージック時代の金字塔となった。
そしてインターネットの時代がやってきて、ユーチューブで、さらにはスポティファイやアップルミュージックのようなサブスク配信サービスで、世界中の音楽を聴くという行為が当たり前になった。さまざまな音楽とさまざまな音楽がミックスされ、「古い」も「新しい」もなく、「先端的」も「遅れている」もなく、あらゆる音楽がフラットな地平で制作され、聴かれるようになった。
昭和のころは、たとえば東南アジアの途上国の音楽に「田舎くさいなあ」と感じ、侮蔑するような雰囲気も合ったが、2023年のわれわれにはもはやそんな感覚はない。どの国のどの土地の音楽も、等しく「良い」のである。
そういう時代に、民謡クルセイダーズは登場してきた。
本作の予告篇で流れている串本節を聴くと、もはや「おじいさんが聴いていた民謡」ではない。まったく新しいワールドミュージックとして立ち現れてくる。サブスクでも聴けるアルバム「エコーズ・オブ・ジャパン」冒頭に収められているのでフルバージョンを聴いてほしいと思うが、「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」の名曲「チャン・チャン」と共通するグルーブがある。ライ・クーダーが「エコーズ・オブ・ジャパン」を絶賛していたというのもまことにうなずける。
本作は福生の米軍ハウスでの演奏から始まって、やがて南米やヨーロッパでのワールドツアーと、そこでの観客たちの熱狂へと広がっていく。民謡を古くさい音楽として捉えるのではなく、「だれもがノリノリで踊れる最高の音楽」へと展開していく構成が、実にスリリングである。
またひとつ、素晴らしい音楽ドキュメンタリーが日本から登場してきたことを喜びたい。
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