「インスペクション」の音楽は“21世紀の最重要バンド”が担当 監督のラブコールによって実現
2023年7月27日 19:00
「ムーンライト」「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」といった革新的な作品を送り出してきた映画会社A24の新作「インスペクション ここで生きる」の音楽を担当しているのは、“21世紀の最重要バンド”と評されるアニマル・コレクティヴ。同バンドの音楽はいかにして本作に起用されたのか。オファーに至るまでの楽曲起用秘話が明らかになった。
監督を務めたエレガンス・ブラットンは、ゲイであることで母親に捨てられ、16歳でホームレスになり、そのまま10年という長い年月を路上で過ごした。その後、生きていくために海兵隊への入隊を志願した…という異色の経歴を持つ人物。本作は、そんな“驚きの実話”を基にしたストーリーが描かれている。
舞台は、イラク戦争が長期化する2005年のアメリカ。ゲイであることで母に捨てられ、生きるためにすがるような想いで海兵隊に志願した青年・フレンチ(ジェレミー・ポープ)。彼を待ち受けていたのは、軍という閉鎖社会に吹き荒れる差別と憎悪の嵐だった。理不尽な日々に幾度も心が折れそうになりながらもその都度自らを奮い立たせ、毅然と暴力と憎悪に立ち向かうフレンチ。孤立を恐れず、同時に決して他者を見限らない彼の信念は、徐々に周囲の意識を変えていく。
アニマル・コレクティヴは、1990年代半ばに友人同士で自然発生的に結成されると、アルバム毎にメンバーが違う独自の音楽性で、アンダーグラウンドシーンを中心に注目を集めた。後にイギリスのレーベルと世界契約を結ぶと、年間ベストに選出される作品を数多く生み出し、映画ではA24制作の「WAVES ウェイブス」にも楽曲提供。8月25日には限定12インチの発売も控えるなど、世界中で絶大な人気を誇っている。
そんな彼らの音楽がいかにして本作に落とし込まれることになったのか。キーパーソンは、本作のプロデューサーであり、ブラットン監督のパートナーでもあるチェスター氏。コロナ禍に、そのチェスター氏とともにニューヨークからアニマル・コレクティヴのメンバーの出身地でもあるバルチモアに引っ越したというブラットン監督が制作当時を振り返る。
ブラットン監督「その頃、アニマル・コレクティヴのアルバム『Merriweather Post Pavilion』を週に2回は聴いていて、チェスターが“楽曲をお願いできないか連絡してみる?”と提案してきた。彼の言う通り、ダメ元でコンタクトしてみたら、イエスと言ってくれたのさ。何が起こるか分からないものだね」
当時の喜びを「アニマル・コレクティヴの5人目のメンバーになれた気分だった」と表現するブラットン監督。一方でアニマル・コレクティヴのブライアン・ワイツ(ジオロジスト)は、今回のオファーを「まったく予想していなかった」と茶目っ気たっぷりに振り返っている。
ワイツ「僕たちの音楽はホラーやSFが向いていると思っていた。だからエレガンスから連絡があり、僕たちが経験したことのないような彼の人生について描くと知らされた時は『君のストーリーを伝えるのに僕たちは本当に適している?』と思わず聞いてしまったよ」
オファーに対する驚きはありつつも、生み出された楽曲は映画の世界観をさらに魅力的にする仕上がりだ。今回の楽曲について、エイビー・テアは「強さを保ちながらも繊細さも垣間見える曲にしたかった。社会や愛する人々に認めてもらいたい願望、それがいつか実現するという希望を抱かせるような曲に仕上がった」と自信をのぞかせている。
楽曲のコンセプトは「主人公・フレンチが新しい“居場所”を探し求める」というもの。ブラットン監督は「僕はゴスペルやR&Bを聴いて育ってきた。ソウルフルでコール&レスポンス系の音楽だね。本作にはスピリチュアルな楽曲が多く用いられている。ボンゴやイスラム教の祈りやキリスト教のコーラスなども取り入れているんだ。これまで自分の居場所を見出すことが出来ていなかった主人公が、“自分自身を貫いていく”。そんな様子を表現できるサウンドを目指したんだ。楽曲の各要素は、スクリーン上の多様性にインスパイアされていて、変化をもたらす器となっている」と語っている。
ブートキャンプの単調さや気が変になりそうな感覚と、フレンチが体験する変化を並べて配置することが狙いだったそう。ただ美しいだけではない、感情の震えを増幅させるようなチャレンジングな劇伴に耳を傾けてほしい。
「インスペクション ここで生きる」は、8月4日からTOHOシネマズ シャンテ、新宿武蔵野館ほか全国公開。R15+指定。
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