“ゴミ屋敷映画”に登場した圧倒的物量のゴミ、撮影終了後はどうなった?
2023年6月23日 09:00
秀逸なオムニバス形式の人情喜劇が、間もなく公開を迎える。タイトルは「断捨離パラダイス」(監督・脚本:萱野孝幸)。ゴミ屋敷で暮らす「捨てられない」人たちの生態を描いた作品だ。ストーリーの核を成すのが“ゴミ屋敷”であることから、本作には圧倒的物量&リアリティを誇る“ゴミ”が登場。キャスト兼プロデューサーの中村祐美子が、その“ゴミ”にまつわる秘話を明かした。
物語の中心を担うのは、原因不明の手の震えにより、突然キャリアを絶たれてしまったピアニストの白高律稀(篠田諒)。ピアノに人生の全てを捧げてきた彼は絶望から抜け出すべく、偶然チラシで見かけたゴミ屋敷専門の清掃業者「断捨離パラダイス」で働き始める。律稀はそこで個性的な上司やさまざまな事情を抱えた依頼人たちと出会い、想像を絶する世界を目の当たりにしていく。
上記が大枠のストーリー。では、ここで主なエピソードのあらすじを簡単に紹介しておこう。
本作に登場する“ゴミ屋敷”は、細部までこだわり抜かれている。脚本作りの段階で、清掃業者に取材を敢行。中村は「実際に清掃現場にも連れて行っていただき、真のごみ屋敷を目の当たりにした時の衝撃は今も忘れられません」と振り返る。
「特に印象に残っているのは、孤独死の現場ですね。ごみの山の中に、明日も生きようとしていた痕跡がたくさん残されていて……ゴミとは人が生きた証でもあるのだと実感することができました」
ゴミ屋敷のセットに関しては「より実物に近付けられるよう取材したお宅を参考にさせていただきました」とのこと。さらに、住人それぞれの個性に合わせたゴミが用意されている。
まずはシングルマザー・明日華の“ゴミ屋敷”の場合。「自炊をしないことを表現するために、キッチンのシンクをごみで埋め尽くす」「普段ふたりが食事を摂っているであろうエリアの周りには“半額”のシールが貼られたお弁当の空容器を大量に配置する」「小学生のひとり息子との二人暮らしを表現するため、家の至るところに子どもの成長が垣間見えるよう工夫している」といったポイントがあった。
フィリピン人の介護福祉士ヴォンの部屋については、フィリピン人に趣味趣向をヒアリングし“家族写真をよく撮る”という意見を取り入れ、インテリアに反映。また「フィリピンから輸入したお菓子や食品のごみを配置」「劇中最年少のごみ屋敷住人。若い男性らしい生活感が出るように、宅配ピザやスナック菓子、インスタントコーヒーといった“生活”が垣間見えるアイテムを多数ちりばめている」ようだ。
最も時間が費やされたのは、金田繁男のごみ屋敷。「レコードやカセットテープ――今は実用されていない歴史を感じられるようなアイテムのほか、繁男の趣味趣向を現す骨董品の数々を山ほど集めた」「ボードゲームや野球グローブは、ひとり息子がこの家で育ったことを感じてもらうため」「最愛の妻がこの家で暮らしていたことを思わせるものとして、女性物の服や化粧台などを設置」といったこだわりがあった。
では、撮影で使用した“ゴミ”のその後は? そのまま変わらず“ゴミとして処分”……となったわけではなかった。
そもそも映画を製作するにあたり、劇中に登場するアイテムは、新しく作成もしくは購入するのではなく、可能な限り“不要品”が集められている。映画美術として活用することで“不要品”に第二の活躍の場を設けることをゴールとしていたのだ。
ゴミの映画ではあるが、ゴミは極力出さない――この意識は撮影終了後も変わらなかった。
「本作の制作では『美術として大量の“ゴミ”が必要になる』ということが明白でした。世の中全体が環境問題に配慮する方向に進んでいるなか、我々もなるべくゴミを出さないように映画製作を進めたいというのが、裏テーマとなり、極力廃棄物を出さない、出てしまったとしてもリサイクルやリユース、アップサイクルや分別の徹底など、環境へ配慮した映画づくりを根底において撮影・制作を進めました」
その一環として行われたのが“アート作品”として昇華だ。
「撮影終了後に役目を終えた美術セットたちをアーティストさんにお渡しし、アート作品として新たな命を吹き込んでいただくプロジェクトを行いました。今回、環境へ配慮した映画づくりに、全部で3名のアーティストさんが賛同してくださり、それぞれ2体ずつアートを作成くださった他、萱野孝幸監督自ら廃材を用いアート作品を作成しました」
参加アーティストは、以下の通り。
使われなくなった衣類を素材として、ぬいぐるみや人形、彫刻といった概念を横断する創作形態に取り組み、空想の生き物の立体シリーズ「もけもけもの」や、素材の衣類を用いたインスタレーションなどを発表している。
東京を拠点に活動。建築やプロダクトの設計業務の傍ら、素材や工法に主眼を置いた彫刻的プロダクトを制作。植物を育て鑑賞するための新たなプランターの形態を提案している。
金属、モルタル、ファブリックなど様々な素材を使用し、日常のなかの痛みや死に対する感覚をポジティブに可視化した作品制作を行う。
この3名に加えて、萱野監督も才能を発揮。動物をモチーフにした作品を生み出している。
このようなユニークな取り組みが行われている「断捨離パラダイス」。各エピソードで展開する“ドラマ”は心にグサッと刺さるものばかりだが、その質をより高めているのが“ゴミ”の存在と言えるだろう。“ゴミ”の来歴、込められた感情に思いを馳せてしまう……滅多にない鑑賞体験になるはずだ。
「断捨離パラダイス」は、6月30日から全国公開。
フォトギャラリー
関連ニュース
映画.com注目特集をチェック
関連コンテンツをチェック
シネマ映画.comで今すぐ見る
第86回アカデミー作品賞受賞作。南部の農園に売られた黒人ソロモン・ノーサップが12年間の壮絶な奴隷生活をつづった伝記を、「SHAME シェイム」で注目を集めたスティーブ・マックイーン監督が映画化した人間ドラマ。1841年、奴隷制度が廃止される前のニューヨーク州サラトガ。自由証明書で認められた自由黒人で、白人の友人も多くいた黒人バイオリニストのソロモンは、愛する家族とともに幸せな生活を送っていたが、ある白人の裏切りによって拉致され、奴隷としてニューオーリンズの地へ売られてしまう。狂信的な選民主義者のエップスら白人たちの容赦ない差別と暴力に苦しめられながらも、ソロモンは決して尊厳を失うことはなかった。やがて12年の歳月が流れたある日、ソロモンは奴隷制度撤廃を唱えるカナダ人労働者バスと出会う。アカデミー賞では作品、監督ほか計9部門にノミネート。作品賞、助演女優賞、脚色賞の3部門を受賞した。
父親と2人で過ごした夏休みを、20年後、その時の父親と同じ年齢になった娘の視点からつづり、当時は知らなかった父親の新たな一面を見いだしていく姿を描いたヒューマンドラマ。 11歳の夏休み、思春期のソフィは、離れて暮らす31歳の父親カラムとともにトルコのひなびたリゾート地にやってきた。まぶしい太陽の下、カラムが入手したビデオカメラを互いに向け合い、2人は親密な時間を過ごす。20年後、当時のカラムと同じ年齢になったソフィは、その時に撮影した懐かしい映像を振り返り、大好きだった父との記憶をよみがえらてゆく。 テレビドラマ「ノーマル・ピープル」でブレイクしたポール・メスカルが愛情深くも繊細な父親カラムを演じ、第95回アカデミー主演男優賞にノミネート。ソフィ役はオーディションで選ばれた新人フランキー・コリオ。監督・脚本はこれが長編デビューとなる、スコットランド出身の新星シャーロット・ウェルズ。
ギリシャ・クレタ島のリゾート地を舞台に、10代の少女たちの友情や恋愛やセックスが絡み合う夏休みをいきいきと描いた青春ドラマ。 タラ、スカイ、エムの親友3人組は卒業旅行の締めくくりとして、パーティが盛んなクレタ島のリゾート地マリアへやって来る。3人の中で自分だけがバージンのタラはこの地で初体験を果たすべく焦りを募らせるが、スカイとエムはお節介な混乱を招いてばかり。バーやナイトクラブが立ち並ぶ雑踏を、酒に酔ってひとりさまようタラ。やがて彼女はホテルの隣室の青年たちと出会い、思い出に残る夏の日々への期待を抱くが……。 主人公タラ役に、ドラマ「ヴァンパイア・アカデミー」のミア・マッケンナ=ブルース。「SCRAPPER スクラッパー」などの作品で撮影監督として活躍してきたモリー・マニング・ウォーカーが長編初監督・脚本を手がけ、2023年・第76回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリをはじめ世界各地の映画祭で高く評価された。
「苦役列車」「まなみ100%」の脚本や「れいこいるか」などの監督作で知られるいまおかしんじ監督が、突然体が入れ替わってしまった男女を主人公に、セックスもジェンダーも超えた恋の形をユーモラスにつづった奇想天外なラブストーリー。 39歳の小説家・辺見たかしと24歳の美容師・横澤サトミは、街で衝突して一緒に階段から転げ落ちたことをきっかけに、体が入れ替わってしまう。お互いになりきってそれぞれの生活を送り始める2人だったが、たかしの妻・由莉奈には別の男の影があり、レズビアンのサトミは同棲中の真紀から男の恋人ができたことを理由に別れを告げられる。たかしとサトミはお互いの人生を好転させるため、周囲の人々を巻き込みながら奮闘を続けるが……。 小説家たかしを小出恵介、たかしと体が入れ替わってしまう美容師サトミをグラビアアイドルの風吹ケイ、たかしの妻・由莉奈を新藤まなみ、たかしとサトミを見守るゲイのバー店主を田中幸太朗が演じた。
文豪・谷崎潤一郎が同性愛や不倫に溺れる男女の破滅的な情愛を赤裸々につづった長編小説「卍」を、現代に舞台を置き換えて登場人物の性別を逆にするなど大胆なアレンジを加えて映画化。 画家になる夢を諦めきれず、サラリーマンを辞めて美術学校に通う園田。家庭では弁護士の妻・弥生が生計を支えていた。そんな中、園田は学校で見かけた美しい青年・光を目で追うようになり、デッサンのモデルとして自宅に招く。園田と光は自然に体を重ね、その後も逢瀬を繰り返していく。弥生からの誘いを断って光との情事に溺れる園田だったが、光には香織という婚約者がいることが発覚し……。 「クロガラス0」の中﨑絵梨奈が弥生役を体当たりで演じ、「ヘタな二人の恋の話」の鈴木志遠、「モダンかアナーキー」の門間航が共演。監督・脚本は「家政夫のミタゾノ」「孤独のグルメ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭。
奔放な美少女に翻弄される男の姿をつづった谷崎潤一郎の長編小説「痴人の愛」を、現代に舞台を置き換えて主人公ふたりの性別を逆転させるなど大胆なアレンジを加えて映画化。 教師のなおみは、捨て猫のように道端に座り込んでいた青年ゆずるを放っておくことができず、広い家に引っ越して一緒に暮らし始める。ゆずるとの間に体の関係はなく、なおみは彼の成長を見守るだけのはずだった。しかし、ゆずるの自由奔放な行動に振り回されるうちに、その蠱惑的な魅力の虜になっていき……。 2022年の映画「鍵」でも谷崎作品のヒロインを務めた桝田幸希が主人公なおみ、「ロストサマー」「ブルーイマジン」の林裕太がゆずるを演じ、「青春ジャック 止められるか、俺たちを2」の碧木愛莉、「きのう生まれたわけじゃない」の守屋文雄が共演。「家政夫のミタゾノ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭が監督・脚本を担当。