【「ハンサン 龍の出現」評論】これぞ“海上のマッド・マックス”、国の命運を分けた壮絶バトル
2023年3月18日 16:30
1592年4月、豊臣秀吉の命を受けて朝鮮半島に上陸したピョン・ヨハンが演じる脇坂安治は、僅か2000人の兵を率いて50000人の敵軍を壊滅させる。劣勢が続く朝鮮側では、李舜臣(イ・スンシン)が率いる水軍だけが堅実に勝利を重ね孤軍奮闘していた。功を急ぐ脇坂は、龍の如き船(亀船)が現れ日本船に襲いかかったと報告を受けるが、恐れは伝染すると生還者たちの惨殺を命じる。
「ハンサン 龍の出現」は、秀吉が仕掛けた《文禄・慶長の役》、朝鮮の命運を分かつ海上決戦《閑山(ハンサン)島海戦》を描く。日本では馴染みは薄いが、韓国では国の未来を変えた戦いとして語り継がれている。
アン・ソンギが演じる老将オ・ヨンダムは敵軍を急襲し戦果を上げた脇坂を「城を守らずして城を守った」と讃える。日本人捕虜に「何のための戦いなのか」と問われた李舜臣は「義と不義の戦いだ」と説く。ふたつのフレーズが導火線となって迫り来る決戦へのボルテージが高まっていく。
陽と陰、激烈と沈着、功と義、真逆の資質を持つ二将が閑山島沖の海上で対峙する。船上には螺貝の音が響き渡り、太鼓が打ち鳴らされる。脇坂が率いる140隻の大船団は、鉄の囲いを持つ鉄囲船、大砲を擁し天守閣さながらの安宅船で包囲する“魚鱗の陣”を繰り出す。限られた朝鮮水軍を率いる李舜臣は、熟考した秘策“鶴翼の陣”で迎え撃つ。これぞ“海上のマッド・マックス”、戦国時代史上最大の決戦が始まる。
キム・ハンミン監督は、デビュー作「極楽島殺人事件」(2008)、2011年の韓国興収No.1作品「神弓 KAMIYUMI」(以下「神弓」)に続き、三度目のタッグとなるパク・ヘイルを主演に据えて、韓国で730万人を動員する大ヒット作を生んだ。
射抜くべきターゲットを見極める弓の名手に扮した「神弓」、ことあるごとに点眼する一風変わったエリート刑事を演じた「別れる決心」(2022)など、パク・ヘイルは目で語る俳優として知られる。
沈着冷静に戦略を練り、味方にすら戦術を漏らさない寡黙な将軍。パク・ヘイルが演じる李舜臣は多くを語らない。自ずと指示を待つ者の視線が集まり、対峙する敵も注視する。いくつもの視線が将軍に集約され、刻一刻と変わる戦況の緊張感がつぶさに伝わる。俳優の眼力、その表現力を熟知する監督の目に対するこだわりが抜群の効果をもたらしている。
戦略と戦術、双方が見極められた者だけが真の知将と呼ばれる。熟考の末に導き出した戦術を用いて自軍をどう戦わせるか。手段を選ばぬ諜報戦が渦巻く中、味方をも裏切る覚悟で周到なる準備を整える。動くべき瞬間、その時の訪れを信じてじっと待つ。時を失ってはならず、勇み足で隙を見せる過ちも犯してはならない。
知将と呼ばれた李舜臣が見据えていた先には何があったのか。この映画が問いかける真のテーマが、単なる海上バトルの域を超えて、諍いの時代を生きる我々に大きな示唆を与える。
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