【「別れる決心」評論】揺らぐ、そして溶け合っていく パク・チャヌクが語り直した刑事と容疑者のロマンス
2023年2月19日 13:30

パク・チャヌクは底が知れない。その名を聞けば、過激なエロス&バイオレンスの要素を想起せざるを得ないが、「お嬢さん」以来6年ぶりとなる新作映画では「必要がないと感じた」とさらりと言ってのける。そして、生み出されたのは「大人のための映画」。いわゆる直接的な描写をほぼ排除しながらも、至極官能的。「これでも“濃密な愛”は描けるのだ」という表明のようだった。
本作で描かれるのは、刑事と容疑者が惹かれ合うさま。何よりも犯罪者を捕まえることに心血を注いでいる有能な刑事チャン・ヘジュン、夫殺害の容疑をかけられた中国人の妻ソン・ソレ。この2人が出会ったことで許されざる愛が芽生え、やがて崩壊への道筋を辿っていく。概要だけを抜き取れば、古典的なファム・ファタールものに感じるだろう。しかし、その先入観はストーリーが進むにつれ、根底から覆されていく。
揺らぐ、そして溶け合っていく。ヘジュンとソレのやり取りを見ていると、そんなことを思い浮かべた。刑事と容疑者。明確に線引きされている「他人同士」だったはずなのに、言葉と視線を交わすうち、境界は曖昧となり「似た者同士」だったことに気づき始めていく。では、完全に一緒になってしまえばよいのか。そうもいかない。愛するが故に生まれる弊害がある。だからこそ「別れる決心」をするのだ(これを段階的に表現していくパク・ヘイル&タン・ウェイの芝居が素晴らしい…!)。
パク監督の巧妙な仕掛けにも注目してほしい。要所要所に差し込まれていくのは「曖昧さ」。仕草、表情、言葉、出で立ち、背景、そして2人が存在している空間さえも……。人それぞれによって見え方、捉え方は異なり、謎を深める役割に。その一方で明快な「対比」も存分に取り入れている。大枠となる刑事と容疑者だけでなく、山と海、パートナーの存在(配偶者、相棒)等々。“思考の迷宮”への入口が全編に張り巡らされている。
観客を知らず知らずのうちに引き込み、興味を抱くような作品になっている――パク監督は、本作のことをそのように言い表している。この“知らず知らずのうちに”というのも大きなポイント。徐々に心を侵食し、最後には虜となってしまう。見終わった頃には、頭のてっぺんから足の爪先まで満たされてしまう作品なのだ。
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