【「ボーンズ アンド オール」評論】旅×成長×人食いのフレッシュな化学反応。「君の名前で僕を呼んで」監督最新作

2023年2月19日 10:00


「ボーンズ アンド オール」
「ボーンズ アンド オール」

人食いを描くR18+指定の映画。そう最初に聞いたら、たいていの人は残酷でおぞましい、猟奇的なマニア向けのホラー作品を予想するのではないか。だが意外にも、イタリア出身のルカ・グァダニーノ監督が青春映画「君の名前で僕を呼んで」のティモシー・シャラメと再びタッグを組んだ「ボーンズ アンド オール」は、社会に馴染めない孤独な存在たちが共に旅をする中でさまざまな体験を通じて精神的に成長していくという、アメリカン・ニューシネマ以降王道ジャンルの一つになったロードムービーの魅力を備えるエモーショナルな逸品に仕上がっている。

少女マレン(テイラー・ラッセル)には、衝動的に人を食べたくなるという秘密があった。18歳になり父親に去られた彼女は、見知らぬ母に会うため旅に出る。途中の町で謎めいた男サリー(マーク・ライランス)から“イーター(食べる者)”と呼ばれる同族がいることを教わり、次に出会った青年リー(シャラメ)と同じ秘密を抱えながら一緒に旅を続けていく。

原作は、米国出身の女性作家カミーユ・デアンジェリスが30代半ばで発表したヤングアダルト小説。ホラー要素を青春恋愛物に転用した点では、ステファニー・メイヤーのベストセラー小説で映画化シリーズも大ヒットした「トワイライト」と似ている。確かに衝撃的なシーンもいくつかあり、耐性のない人なら目をそむけたくなるかもしれない。だがストーリーの主軸はあくまでも、“普通の社会”に馴染めず、アウトサイダーとして生きるしかないマレンとリーの胸を締めつけるような疎外感と、そうした存在同士が出会って惹かれ合い築いていく愛と絆の純粋な美しさだ。

車中でラジオ伝道師の言葉が流れるなど、本作に宗教的な寓意があるのは明らか。キリストの血と肉を象徴するワインとパンが与えられる儀式を知る人なら、本作で描かれる人肉食にも何かしら神聖なものを感じ取るかもしれない。

もうひとつ、劇中で意味ありげに繰り返し映し出されるのが、冒頭の絵や実景にも登場する送電線と鉄塔、それに火力や原子力の発電施設だ。解釈は観客に委ねられているが、マレンたちが移動するのがアメリカ東部から中部の田舎町で、時代設定が1980年代であることも考え併せると、発電所と送電網が象徴する経済発展の裏で格差が広がり、貧困層やマイノリティーにとって一層生きづらくなった社会を示唆しているとも考えられる。

ただまあ、寓意の深読みなどせずとも、グァダニーノ監督が「WAVES ウェイブス」の演技を見てマレン役での起用を望んだというテイラー・ラッセルと、ティモシー・シャラメの2人が繊細に体現するキャラクターたちに心を寄せ、一緒に旅をしている気分に浸るのだってもちろんいい。劇中で流れるデュラン・デュランやキッス、ジョイ・ディヴィジョンなどによる80年代ヒット曲の数々も、当時のアメリカ文化への憧憬とノスタルジーをかきたてるスパイスとして効いている。

(高森郁哉)

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