ギャスパー・ウリエルの遺作が公開 感極まった観客から大きなスタンディングオベーション【パリ発コラム】
2022年11月27日 14:00

今年1月にスキー事故で急逝したギャスパー・ウリエル(37歳)の遺作となった劇場映画「Plus que jamais」が、フランスで11月16日に公開になった。5月のカンヌ国際映画祭のある視点部門に出品され、終映後に感極まった観客から大きなスタンディングオベーションを浴びた作品だ。フランスの映画サイトALLOCINEのアンケートでは、同週の公開作品のなかで、もっとも観客の満足度が高い一本に挙げられた(バレリア・ブルーニ・テデスキの「Les Amandiers」と同点で分け合った)。監督のエミリー・アテフは、ロミー・シュナイダーを題材にした前作「Trois jours a Quiberon」がベルリン映画祭のコンペティションに出品され、ドイツのアカデミー賞で作品賞と監督賞をダブル受賞している。
新作は彼女の母をモデルにしたもので、肺の奇病を患うヒロイン、エレーヌ(ビッキー・クリープス)が、病院での化学療法を断り、長年寄り添う最愛のパートナー、マチュー(ギャスパー・ウリエル)の元も離れて、ひとりノルウェーの離島で静かに最期を迎えようとする物語。穏やかに死を受け入れたいエレーヌにとっては、周囲の気遣いや、彼女に化学療法を懇願するマチューの気持ちが重く、日常から離れ、ネットで知り合った過去のトラウマを抱える老人が住む、大自然に囲まれた土地に身を寄せたいと願う。だがそれはもちろん、マチューにとって受け入れられるものでも、理解できるものでもない。

死を前にしたものがいかに向き合うか、いわゆる終活と、それを受け止める側の気持ちの相違、やがて愛によってそれを乗り越えるさまを描いた、哲学的なテーマの美しい作品だ。マチューがひとたびエレーヌの望みを受け入れようと決心すると、ふたりの気持ちは「かつてないほどに(「Plus que jamais」)」近づく。
愛する者をいたわりつつ苦悩するキャラクターを表現するウリエルが出色で、助演の立場ながら彼の代表作の1本と言っても過言ではない。初共演となったクリープスとの化学反応も、(ポスターに見られるように)自然な趣がある。
アテフ監督によれば、直感的なタイプのクリープスとは反対に、ウリエルはくまなく準備をする完璧主義者で、役に説得力をもたせられるか、自分の演技が納得のいくものか、つねに自問していたという。またコロナ禍でおこなわれたノルウェーの撮影では、必要最小限のクルーのなかで強い連帯感が生まれ、白夜のなかを散歩したり、オーロラを眺めたりと、都会では味わえない経験をするなか、ウリエルもまたパリに居るときとは異なる表情をしていたのだそうだ。
彼の生前に何度かインタビューをする機会に恵まれたが、ふだんから物静かで熟考的なタイプだっただけに、こうした撮影経験からいったいどんな影響を受けたのか、想像せずにはいられない。
本作のラストシーンは、今となってはどこか象徴的で、ファンにとっては涙なしには観られないかもしれない。だが同時に、最期を飾るに相応しい銀幕の晴れ姿であるとも言える。日本でも配給されることを願いたい。(佐藤久理子)
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