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【「アンデス、ふたりぼっち」評論】生きることの切実。静謐な描写に複雑な感情が沸き上がる佳作

2022年7月30日 07:00

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「アンデス、ふたりぼっち」
「アンデス、ふたりぼっち」
(C)2017 CINE AYMARA STUDIOS.

アンデス、ふたりぼっち」は、ペルーで初めて先住民言語“アイマラ語”で撮影された作品だ。

ウィルカを演じたビセンテ・カルコラは監督の実祖父、妻のパクシには友人の推薦でローサ・ニーナが起用された。映画を観たことがないというふたりは、儀礼を重んじるアイマラ族だ。

どこまでも自然な老夫婦の日常を活写するために、脚本、撮影も担当したオスカル・カタコラ監督は、カメラを固定しワンシーン・ワンカットで老夫婦の暮らしを綴っていく。

標高5000メートルのアンデス山脈のどこか、川が流れるその場所には気持ちばかり垣根があり、石を積み上げて作った家がふたつ。広い方に住人である老夫婦が暮らす。背後の庭には、リャマが一頭、羊が五頭飼われ、狐に襲われないよう番犬が見張っている。

「母なる大地」を意味する“パチャママ”に日々の糧を祈る。質素な毎日、ふたりは互いに声を掛け合って生活している。でも歳には敵わない。命の終わりを意識し始めた両親が気にかけるのは、都会に奪われた息子のことばかり。母のパクシはいつも思う。都会に出て行ってしまった息子が居てくれたらどんなに助かることだろう。父のウィルカは静かに願う。きっと、いつか、帰ってきてくれる。でも、叶わないと分かっている。

ふたりの暮らしを支えているのは自然の恵みだ。山から湧き上がる水、火を灯す木々、畑で採れたジャガイモ、疲れを癒してくれるコカの葉、屋根に敷き詰められ藁が雨漏りを防ぎ、大地の草を食んだ羊の毛を巻き上げた糸でポンチョを織る。

慎ましく生きるふたりにとって文明の利器はマッチとランプだけ。火を切らすと、粥を作ることも、薬草を飲むお湯を沸かすことも、家を暖めることもできなくなってしまう。マッチが残り少なくなったある日、意を決したウィルカはリャマを道連れに遠い村へと向かうが…。

真の豊かさとは何か。未開の大地に生きるふたりの日常とささやかな願いが問いかけるのは、 “生きる”ことの切実さ。大切な人と阿吽の呼吸で分かり合える言葉、胃袋を満たす日々の糧、寒さをしのぐポンチョと家があれば充分ではないか。自然に逆らうことなく、毎日を精一杯生きるのだ。

毅然としたふたりの姿を通して、豊かさに惑わされて足元すら見えなくなっている“自分の今”を省みる86分間。静謐な描写に複雑な感情が沸き上がる佳作を撮り上げたオスカル・カタコラ監督は、2021年、新作の撮影中に34歳の若さで急逝。その魂は、今もアンデスのどこかで人々を愛おしく見守っている。

高橋直樹))※高は、はしごだかが正式表記

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