【「エルヴィス」評論】レジェンドの喜びと悲しみが表裏一体となって、観る者のハートを優しく抉りまくる
2022年7月2日 10:00

エルヴィス・プレスリーはロックンロールの普及に大きく貢献したことから、”キング・オブ・ロックンロール”の称号を持つ。ザ・ビートルズやフレディ・マーキュリーたちが憧れていたことでも知られる伝説的な人物の生涯を、監督のバズ・ラーマンは目がクラクラするほど煌びやかで怪しくて物悲しいポップ・オペラとして描いている。彼にとっての「ムーラン・ルージュ」(01)のロックンロール・バージョンといったムードで。
デビュー当時のステージで、エルヴィスがリズムに合わせて小刻みに震わせる下半身に見惚れて、女性観客が次々と叫び声を上げたり、下着をステージに投げ込んだりするシーンは、彼の股間に迫る際どいカメラワークに釣られて、こっちも熱狂のステージにかぶり付いているような臨場感が味わえる。しかし、黒人のリズム・アンド・ブルースと白人のカントリー・アンド・ウエスタンを融合したエルヴィスの人種を超えた音楽性とその過激なパフォーマンスは、1950年代アメリカのお堅い価値観をことごとく刺激。反体制的、非行の温床、果ては性的倒錯者などと批判される。だが、若者たちは体の中に隠していた欲求を一気に引き出してくれる彼の歌声に抗うことなんて到底出来なかった。彼らにとってエルヴィスはまさに”禁断の味”だったのだ。
同時に、このポップ・オペラには終始悲しみが漂う。エルヴィスの才能にいち早く着目し、己の利益のために彼を管理し、手駒として使おうと画策する興行主、トム・パーカー大佐の存在が、物語に影を落とし続けるのだ。エルヴィスが大佐の陰謀を見破ったとしても、彼と生涯訣別出来なかったのは、2人が父と息子のような間柄だったからなのか、それとも、有毒なブロマンス的な関係にあったからなのか。大佐を演じるトム・ハンクスが実物に似せるために施したであろう、膨れて垂れ下がった顎を強調した特殊メイクが、彼らの異様な関係性を象徴しているかのようで複雑な気持ちにさせる。
一方、エルヴィスを演じるオースティン・バトラーが、ライトに映える艶かしいアイメイクと巧みな歌声を駆使して、エルヴィスに肉薄。その過程で一瞬、エルヴィス本人が憑依したかのように感じる瞬間があってドキドキする。特に、1969年、ラスベガスのインターナショナル・ホテルでの復活コンサートに臨むエルヴィスを、憂いを帯びた表情で演じるバトラーは、ラーマンのドラマチックな演出とも相まって、終幕の一層物悲しいムードを盛り上げる。そこで流れる名曲”好きにならずにいられない”のダークバージョンは、42歳の若さで謎の死を遂げたレジェンドの喜びと悲しみが表裏一体となって、世代に関係なく観る者のハートを優しく抉りまくるのだ。
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