【「流浪の月」評論】李相日だからこそ掬い取れた「鏡花水月」のように繊細な世界
2022年5月14日 15:00

凪良ゆう氏の小説「流浪の月」を発表直後に読了した際、行間から“風”を感じる作品だと思いを馳せたが、李相日監督の手によって映画として生まれ変わった「流浪の月」からは、“風”よりも“水”を強く感じたのは筆者だけではないはずである。
中国・清代から、文献で「鏡花水月」という表現が使われているが、この言葉には「美しいが実体のない虚しいもの」という意味が含まれている。作品タイトルにもあるように、劇中では「月」が実に効果的に映し込まれており、水とのコントラストが得も言われぬ余韻を、問答無用で観る者の脳裏に焼き付けてくる。
ましてや水面に映る月は、あたかも実体のなさが今作を単純な男女の愛を越えたものの象徴として存在しているようにすら受け止める事が出来る。李監督が、これまで一貫して痛みや苦しみに耐えてきた人に訪れる救いを見出してきたように、たとえ世間の枠からはみ出さざるを得なかった更紗と文であったとしても、偏見や抑圧から解放される一瞬を繊細に掬い取っている。否、李監督だからこそ、そして広瀬すずと松坂桃李が更紗と文を生き切ったからこそ掬い取れたのかもしれない。
今作は夕方の公園、雨に濡れた10歳の更紗に19歳の大学生・文が傘をさしかけるところから始まる。引き取られている伯母の家に帰りたがらない更紗の意を汲み、部屋に連れ帰った文のもとで更紗は2カ月を過ごすことになるが、やがて文は誘拐罪で逮捕されてしまう。それから15年後――。いつまでも消えない「傷物にされた被害女児」と「加害者」という烙印を背負ったまま再会を果たした、更紗と文にしか分からない150分に及ぶ愛の物語だ。
原作を読むと、作り方をひとつ間違えた瞬間に一気に転落してしまうほど危険と隣り合わせの作品であることが分かるはず。そんな原作を映画化しようと、李監督以外にも今をときめく多くの映画人たちが名乗りを上げていたと聞く。それほどまでに、多くの映像作家が恋愛という言葉では括ることが出来ず、断絶と抑圧を体内に染み込ませた孤独なふたりに魅せられた真意に寄り添おうとすればするほど、なお深く作品世界に入り込む事が出来るだろう。
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