「アンネの日記」のその先…書かれなかった7カ月間、そして現代の物語を紡ぐ アリ・フォルマン監督の挑戦
2022年3月10日 13:00
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第二次世界大戦下、ユダヤ人の少女アンネ・フランクが、ナチスから身を潜めた隠れ家での生活を綴り、2022年に出版から75周年を迎えた不朽の名作「アンネの日記」。同作には、アンネでもなく、姉マルゴーでもない、もうひとりの少女が登場する。それは、アンネの“空想の友達”キティー。アンネはいつも、キティーと対話するように日記を書いていた。もしもキティーが日記から飛び出し、現代のオランダ・アムステルダムによみがえったら……。そんな独創的な設定で、「アンネの日記」を題材に新たな物語を紡ぐアニメーション映画「アンネ・フランクと旅する日記」が、3月11日に公開となる。
激しい嵐の夜、アムステルダムの博物館「アンネ・フランクの家」に保管されているオリジナル版「アンネの日記」に異変が起き、日記のなかからアンネの“空想の友達”キティーが姿を現す。時空を飛び越えたことに気付かず、いまが1944年だと思っているキティーは、目の前から消えたアンネを探し、街を駆けめぐる。
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アニメでしか表現しえないアプローチで、名作を映像化したのは、自身の従軍経験を描いた「戦場でワルツを」で、アニメ映画として初めて第81回アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされ、第66回ゴールデングローブ賞最優秀外国語映画賞を受賞したアリ・フォルマン監督。アンネと同じ週にアウシュビッツに到着し、生還した両親を持つフォルマン監督が、本作にこめたメッセージと、ある挑戦について語った。(取材・文/編集部)
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企画の始まりは、アンネの父オットーが1963年に設立した「アンネ・フランク基金」が、2009年に始動させたプロジェクト。「『アンネの日記』を現在、未来の世代に伝えていくための新しい言語」としてアニメ映画製作の道を選び、フォルマン監督にそのミッションを託した。フォルマン監督は、オファーを受けたときのことを、次のように振り返る。
「『アンネ・フランク基金』からオファーが来たときは、『これは自分向けのプロジェクトじゃないな』と感じていたんです。なぜならアンネ・フランクは、これまでさまざまな形で語られてきましたし、『なぜいまになってアンネ・フランクを描くのか』と、そのときは分からなかったんです」
「ですが、考える時間を与えられたので、再び原作を読んでみました。前回は、14歳のときに学校で読んだのですが、今回大人になって、3人の10代の子どもの父親として読み返してみると、改めて傑作だなと驚きました。少女が観察力をもって、これだけの良い文章を書くということが、本当に新鮮に感じられたんです。さらにホロコーストの生存者である母親に相談したところ、『是非やるべきだ』と言ってくれたので、引き受けることにしました」
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大人になって日記を再読し、新たな魅力を見出したフォルマン監督。「日記の最後のモノローグは、特に記憶に残っています。あとは全体的に、日記の書き始めが42年6月12日、終わりが44年8月1日で、その間に彼女がいかに成長しているか、ということです。普通の10代の女の子といったら、その2年間で大きく成長して大人になると思うんですが、日記のなかでアンネの成長も感じられるんです。44年に彼女は、優れた日記を出版するコンペティションがあるとラジオで知り、日記を全て書き直しているんですよ。あまりにも最初の部分が幼過ぎたと感じたらしく、書き直して、いまの形として残っているんです」。
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フォルマン監督は、約8年の歳月をかけて、脚本を何度も書き直し、映画を完成させた。製作にあたり、「アンネ・フランク基金」が提示したリクエストは、「アンネが最期を迎えるまでの7カ月間を描くこと」と「現在と過去をつなぐこと」。そのふたつの条件は、フォルマン監督自身も重視していた点だという。まずは日記にはなく、アンネの最期を描かなければならない7カ月間をいかに語るか――。「全編を通して最もハードな作業でした」と振り返る脚本づくりには、さまざまな苦悩があった。
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「いちばん大変だったのは、アンネと家族が収容所に送られるシーンで、執筆にも時間がかかりました。『最後の7カ月間を描くこと』は、僕自身がこだわった点なんです。この部分を描かなければ作品は作らないと決めていました。ただその7カ月間を、子どもにどのように見せるか考えると、とても難しくて、いろいろと試行錯誤して、時間をかけて作り上げていきました」
「アンネは、ユダヤ人のアイコンとして見られていますが、世界中の少女のアイコンとして考えるべきだと思います。優れた作家として知られる彼女が日記を書かなくなったのは、収容所に送られたから。書かなくなった瞬間に亡くなったのではなく、その後の7カ月間、彼女は、収容所で苦しみながら生き続けていたんです。ベルゲン=ベルゼンの収容所で亡くなるまで彼女は存在したので、その7カ月間を、映画を見る人々に知ってもらうことが大切だと思いました。その最期の日々をどのように見せていくか、ということが一番難しかったです」
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アンネがかつて謳歌していた青春、窮屈な隠れ家での生活、ペーターとのみずみずしい初恋、強制収容所での想像を絶する日々……アンネの軌跡をたどるため、膨大なリサーチを重ねたフォルマン監督は、アンネの描き方について、ある気付きがあったそう。
「脚本づくりのなかで、日記だけではなく、家族が書いたアーカイブの資料も全て、隅々まで読み尽くして、ある結論にたどり着きました。それは、彼女をアイコンや象徴として描くのではなく、10代の普通の少女として描くことが大切だということです。本当に彼女は特別な存在で、作家としての能力があるからというだけではなく、ユーモアのセンスもあったし、周囲の大人の弱点を見つけて攻撃する意地悪な側面もあったし、複雑な少女だったんです。そういう全ての側面を描きたかったという思いがあります」
そんなフォルマン監督の思いは、キティーが発する「彼女は名前を遺すために日記を書いたのではない」というセリフや、現代で病院や学校や劇場にアンネの名前が冠せられていることへの、どこかシニカルな視点に現れている。
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劇中では、キティーが日記のなかに戻り、アンネと対話する過去のパートと、イマジネーションと遊び心に満ちた現代のパートが並行して展開する。
「本作はホロコースト映画として作るのではなく、いわゆる青春物語の形で描くことに決めていました。ふたりの10代の少女がそれぞれの思いを話し合うような物語。つまり恋愛や親との関係や、自分が抱えている不安などを語りながら、作り上げていく物語だとイメージしていました。戦争映画、ホロコースト映画としては見ていなかったんです」
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過去のパートでは、常に緊張状態に置かれていた隠れ家での生活のなかでも、アンネの聡明さや想像力の豊かさが伝わってくるような空想シーンが、カラフルな色使いで生き生きと表現されている。隠れ家を理想のホテルのように妄想してみたり、憧れのハリウッドスター、クラーク・ゲーブルと馬に乗って、仮面と鎧をまとい、死の象徴のようにおぞましい姿のSS装甲軍団(ヒトラーの武装親衛隊)と戦ったり。悲劇的な状況に置かれても、「人間の本質は“善”だ」と信じ続け、想像力を失わず、恐怖に支配されなかったアンネの強さが伝わってくる。
「アンネの空想のシーンは、まさにアニメだからこそ作り上げることができました。歴史を描く作品でも、想像の世界、空想の世界を作り出す自由があるということです。アンネは本当に想像力豊かな少女でした。あの年代であの時代に、30~40年代のハリウッドスターやギリシャ神話を想像するのは、アンネのような人物じゃないとなかなかできないと思うんですよ。そういう特殊な側面があったので、映画に生かしたいと思い、取り入れました」
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最後に、「アンネ・フランク基金」の要望で、フォルマン監督自身のこだわりでもあった「現在と過去をつなぐこと」について。劇中ではアンネの思いを胸に、キティーはマリから紛争を逃れてアムステルダムにやってきた難民の少女アヴァと出会い、彼女を救うためにある行動を起こす。マスコミ用のプレス内でフォルマン監督は、「ホロコーストと、近年に押し寄せた難民の波とを比較するつもりはありません。比較することなんて不可能だから」としつつも、次のように語った。
「難民問題を描くことは、本作の監督・脚本を引き受ける際の条件だったんです。『アンネの日記』を再びこの時代に描くのであれば、どうしても現代につなげなければいけないと考え、現代で私たちが直面する問題を描くことが大切だと思っていたんです。日記には、当時のナチスが自ら良いことをしていると思い込みながらも、多くの人々を排除したという世の中の過ちが描かれています。そうしたことが再びいまの世界で繰り返されていると、声を大にして言うべきだと感じて、難民問題を最後に取り上げました」
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本作では、「アンネの日記」が書き手であるアンネからキティーへ、そして現代によみがえったキティーからアヴァへと手渡され、つながっていく。フォルマン監督が日記にはなかった要素を加え“アップデート”した物語に息づくアンネの願いや思いが、軽やかに現代を駆け抜けるキティーに託され、いまもなお人種差別や難民問題が蔓延る世界に、警告を発している。
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