堤幸彦×本広克行×佐藤祐市×森谷雄が放つ“攻め”の姿勢 ベテラン監督陣が抱く“夢”

2022年2月1日 20:00


取材に応じた(左から)佐藤祐市監督、堤幸彦監督、本広克行監督、森谷雄プロデューサー
取材に応じた(左から)佐藤祐市監督、堤幸彦監督、本広克行監督、森谷雄プロデューサー

「SUPER SAPIENSS」という、聞き慣れないワードが1月19日、一気に拡散した。これは堤幸彦監督、本広克行監督、佐藤祐市監督が共同で指揮を執り、日本の映像業界としては初めて「原作づくりから映像化に至る全プロセスの一気通貫」に挑むコンテンツ制作プロジェクトを指す。仕掛け人ともいえる3監督とプロデューサーの森谷雄がこの企画を推し進めた背景には、次世代への思いがあった。(取材・文・写真/大塚史貴)

企画の肝となる「全プロセスの一気通貫」には、原作づくりに始まり映像制作、コミカライズ、グッズ制作などを、支援するサポーターとともに一元化して実行する際に、どこにも“温度差”を生じさせないという狙いも含まれている。クリエイターとサポーターを繋ぐ証として、価格変動する“デジタル上のアイテム”トークンを発行。クリエイターはその収益を支援金として受け取る一方、トークン購入者は保有数に応じた投票権や抽選特典を受け取り、作品づくりに直接参加することが出来る、新たなクラウドの形といえる。

きっかけは、ここから
きっかけは、ここから

全ての始まりは、昨年3月に森谷氏がプロデュースする「ええじゃないか とよはし映画祭2021」のオンラインカンファレンス「配信と劇場~ドラマと映画の未来」。ここで4人が赤裸々に胸の内を明かし、「本当に作りたいものを作れているのか?」というシンプルな命題に行き着いた。

佐藤:この年(59歳)になったから、自問自答しているというのはあるかもしれません。いつだって頑張っているし、目いっぱい楽しんでいるつもりです。今年還暦というタイミングで、本当にやりたいものって何だろう? と振り返る瞬間があった。そういうタイミングで、こういう出会いをいただいたのは大きかった。

堤:今までの仕事に満足度がなくて、ストレスがたまった挙句の突飛な行動かというと、それは心外でありまして。デビュー以来、給料3万のAD、いや、今でいうヤングディレクターだった頃から現在まで常に全力だったわけです。佐藤監督がおっしゃったように、少し振り返る余裕、そしてコロナ禍という強制的な休息時間ができたため、心の底から笑ったり、暴れたり、泣いたり出来る作品と出合いたいと思い始めたのも事実であります。私など66歳なので、この先どれくらい作品がつくれるか分からないということもあり、明確な点を残したいのです。その点が面になるかもしれない。そして新しい資金集めのシステムによってこの先、我々に続く者たちにとっての指標になっていくかもしれない。ワクワクすることに足を突っ込んでいくというのは本当に楽しいですね。

会見には、みちょぱも参加
会見には、みちょぱも参加

本広:皆さんがおっしゃるように今の環境に不満などなく、自由にやれている方だと思うんです。いろいろなものを作らせてもらったし、映画祭もやれた。でもコロナ禍で目の当たりにしたのは、頑張って作っても誰も観に来てくれないんだなという現実。作っている熱はあるけど、観てくれる人にその熱は伝わっていないのか……と思って。「踊る大捜査線」の頃は、ファンの方々の熱がこちらに伝わってきていたんですよ。どのタイミングからこうなってしまったんだろうって考えるようになった時期に、皆さんと対談することが出来た。そのうえ、堤さんが自主映画をやろう! と言ってくださって「SUPER SAPIENSS」の企画が立ち上がった。堤さんに先陣切って面白いものを作っていただき、僕はそれを引き継いでもっと変なものを作り、そのまま佐藤さんにバトンを渡せる。連ドラをやっていた時も、こういうことってなかった。基本的にはチーフ監督の色に合わせますから。今回は合わせないですし、だからこそ面白いと思っています。

3人の思いを受けた森谷氏は配給各社を奔走するが、「今の映像業界のシステムでは難しい」という結論に思い至る。それは、テレビドラマから派生した映画が大ヒットし、この四半世紀のあいだ製作委員会方式での映画製作が定着したことに起因するといっても、過言ではない。

森谷:「踊る大捜査線」が大ヒットしたことによる成功体験に基づいた製作委員会方式が25年近く続いたわけですが、何が起こったかというと作品づくりがすごく窮屈になったんです。もちろん良いこともたくさんありましたが、もう時代が違う。ユーザーの言葉が普通にSNSで確認出来て、簡単にコミュニケーションが取れてしまう世の中に、製作委員会の皆さんが合議制で考え出す作品が正しいのかという疑問が湧くのは当然ではないでしょうか。SUPER SAPIENSSでこの窮屈な状況を打破し、一方通行ではないキャッチボールが成立する双方向のモノづくり、これからの新しいモノづくりの形を構築したいと思ったんです。何が起こるか分かりませんが、とにかく皆で走り始めちゃいましたから(笑)。

絵コンテもお披露目
絵コンテもお披露目

現時点でプラットフォームは未定だが、プロジェクトの第1弾として縦読み漫画「WEB TOON」で創作された物語をもとに、コンテンツ制作を進めていく。シリーズ化していくためのアイデアとして真っ先に浮上したのは、3人が最も得意とする「刑事ものサスペンス」だったそうで、そこに“異世界転生”要素を盛り込んだものにしていくという。

森谷:皆が参加できるものにするには、原作者がどうとか、出版社がどうとかではなく、僕らが原作者になって全部オリジナルで展開していけばいいんだと思っています。

佐藤:今は権利の時代で、どの会社もクリエイターもその部分が化けるかもしれないと思っています。原作から作ろうという発想はすごくワクワクしますよね。おふたりとご一緒するというのも刺激になりますし、楽しみで仕方ないです。

堤:本来、最も健康的な姿ですよね。僕は青き自主映画の道を通らず、テレビのヤングディレクターからキャリアを初めているわけです。目の前でデビューしたての「サザンオールスターズ」が歌っているのを見て、ロックってこんなに気楽でいいのか……。打ち合わせで秋元康さんが面白いことばかり言っているなあ……とか、そういうところになんとか近づきたくて必死に頑張ってきました。その過程で人に気を遣い、頭を下げて生き抜くことも覚えましたが、でももし自分が8ミリフィルムで何か撮る瞬間があったとするならば……。そういうものを、これから作ろうとしていることにワクワクしますよね。

森谷雄プロデューサー
森谷雄プロデューサー

――色々な意味でアグレッシブな取り組みで、どのようなものが誕生するのか楽しみでなりません。一方で、「目の前の作品のことだけを考えていたい」と思うクリエイターも不特定多数いると思うんです。それでは何も変わらないと熟知しているベテランの皆さんが、下の世代に前例を示すという解釈で宜しいでしょうか?

森谷:その通りです。50代に突入して、次の世代のことを考えるようになったんです。それまでは「ちょっと先輩たち……」と思っていた立場だったのにね。この状況をこの辺で変えていかないと、業界が終わってしまうというか途絶えてしまうという危機感があるんです。そういう話は、これまでも映画祭などで散々話してきたんですよ。インディーズの監督たちを映画祭に呼んだり、応援したりしながら。

――確かに、森谷さんは「とよはし映画祭」で積極的に若手に声をかけていらっしゃいました。本広さんは誰よりも早く「カメラを止めるな!」に注目して、上田慎一郎監督を「さぬき映画祭」に呼んでいましたよね。劇場公開の随分前だったと記憶しています。

本広:呼びましたねえ。あの頃はまだ、「カメ止め!2」をやろうと言っていましたから。いやあ、惜しかった(笑)。ただ、若い世代が羽ばたいていくのを見るのはいいですよね。映画業界にも、テレビ業界にも、もっと面白い人材が入ってきて欲しいですね。

森谷:僕らよりもはるか先輩の人たちが勝手に決めた、クリエイターに還元されないという謎のルールがはびこっていて、一般の皆さんにも「全然おいしくない」というのが見え始めていることが問題だと思います。

取材の場を盛り上げてくれた佐藤祐市監督
取材の場を盛り上げてくれた佐藤祐市監督

佐藤:今までって、映画祭に出品した自主映画が佳作に選ばれ大手に認められるとか、製作会社に入ってADをやりながら監督になっていくとか、そういう道筋しかなかったじゃないですか。才能のある人は、そこに夢を感じないんでしょうね。僕らの世代はそこに夢を持てたけれど、今は違う。それ以外の道筋でも世の中に出るものが作れたら、それってすごく素敵なことですよね。特に我々が頑張っていることに若い世代が賛同してくれたり、一緒に盛り上がりたいと思ってくれたら、余計に楽しいんじゃないかな。

筆者がメジャー作品からインディーズ作品まで、あらゆる現場で取材をしてきて感じたことは、一括りには出来ないがテレビ業界を経験してきたクリエイターは市井の人々の生態や大衆の心理をよく観察している節があるということ。助監督からキャリアを構築していく徒弟制度にも技術の継承という素晴らしい側面があるが、多忙を極めるあまり狭い世界にしか目が行き届かず、サラリーマンやOLの大衆心理を俯瞰して見つめる余裕がないように感じることが多々見受けられた。くしくも、目の前にいる4人は全員がテレビ業界出身ということになる……。

佐藤:興味深い考察ですね。僕は普通に会社員ですから。テレビって早いんですよ。放送したらすぐに数字が出て、リアクションも得られる。映画って撮ってからリアクションをもらうのが1年後とか普通だし、時差が生じるんですよね。テレビだと視聴者の反応を見て「これが意外とやばかったんだ。じゃあ次はこうしてみよう」と脚本に手直しをすることもあって、そういう訓練も影響しているのかもしれませんね。映画を最初に撮らせてもらって驚いたのは、公開するまで良いのか悪いのかが分からないことでした。

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堤:その訓練は、確かに強いですね。近年の映画は撮ってから公開が1年後というのが常識なので、オーソドキシーに頼らざるを得ない。僕が好きな時流ギャグや皮肉って、1年するとほぼ化石化してしまうので、そこはストレスを感じますね。今回の企画は観点が異なりますが、長い連ドラだと思っています。それに僕たちだけじゃない。脚本をお願いしている九州の天才的な監督さんが途中から参加してもいいし、同時パラレルでもいいんじゃないかと。さらに、6話公開時に「3話までのお客さんの反応がすごく悪い。その原因はどこだ?」と検証し、入れ替えてしまってもいいんじゃないか。それくらい自由な取り組みをしたいと思っているんですよ。

SUPER SAPIENSSについて話す4人の表情が実に生き生きとしていることもあり、恥ずかしげもなく「いま、どんな夢を抱いていますか?」と聞いてみた。ここからは、これまで以上にパンチの効いたクロストークをお届けする。

堤幸彦監督
堤幸彦監督

堤:自分が60代だという実感は、まだまだないんです。10代の頃に抱いていた社会に対する違和感が解消されているかというと、むしろ増幅している気がします。これまでは武器がなかったこともあり、商業監督としてやってきましたが、近年は自分の思い入れを込めた作品を自主制作で撮ったりしています。それは生活のためにはなっていないのですが、もしかしたらまだまだそういう思いでつくった作品を世に投げ、リアクションをもらいながら生きていくことが出来るんじゃないか……と思うわけです。今までは投げっぱなしでした、どんなに思いを込めても。公開1週目は1日5回上映してくれても、お客が来ないからといって2週目以降は午前1時半の回だけになりましたとか。忸怩たるなんてものじゃない、俺が間違っていたのか? と思わざるを得ない。そういう作品を、これまでとは違う取り組みで挑める。まさに夢ですよ。

本広克行監督
本広克行監督

本広:これまで本当に、ついていたなあと思うんです。映画学校へ行って、食っていけないからCM制作会社に入ったけどクビになり、共同テレビの深夜班に入って祐市さんの組の助監督をやらせてもらって……。

佐藤:セカンドの助監督のとき、チーフ助監督を泣かしちゃってね(笑)。

本広:またクビだ……と思ったら、祐市さんとプロデューサーが守ってくれたんです。いい先輩に巡り合ったなあって。現場を無茶苦茶にしておいて、それでも来るから度胸のあるやつだと思われたんでしょうね。そのご縁があったからこそ、その後に織田裕二さんからご指名をいただいたり、そういうのってツキでしかないわけですが、それもいい先輩たちに出会えたからこそだと思うんです。だから今度はいい先輩にならないといけないなと思っています。若い役者やクリエイターを育てようと思って、色々なことをしてきました。この10年で、だいぶ育ってきています。今年91歳になる山田洋次監督がバリバリやっていらっしゃるんですから、堤さんだって25年先の話ですよ。そう考えると、まだまだやることがたくさん。もちろん仕事もいっぱいやっていきますが、SUPER SAPIENSSでなければできないことを素敵な皆さんと一緒にやっていきたい。それにしても、森谷さんとは同じ会社(共同テレビ)で働いていて、ドラマ班のエースと言われた森谷さんと、深夜バラエティ班のクズだった僕がいま一緒に仕事をすることができるというのは、紛れもなく縁ですよね。

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堤:iPhoneとYouTubeがあれば、あなたも映画監督って時代です。ひとりで音まで仕上げられる世の中ですが、やはりこうやってバカなことを言い合える関係性というのはいいものです。互いに主張は強いですよ。でも、何かを共有して前に進もうとしている。今まで意識してこなかったけれど、いわば戦友なんですよ。今の若い方々は……と一括りにしてしまうこと自体がおっさんなのかもしれないけれど、それでも伝えていく責任がある気がします。みんなで作る楽しさというものを。

森谷:僕個人の夢としては本気でカンヌ、オスカーに行きたいと思っています(笑)。と同時に、SUPER SAPIENSSで世界に打って出られたらなとも思っています。誰も知らない役者がこの作品で主人公を演じ、世界中の人たちが「これ誰だ?」と検索しまくる状況を作りたい。いま、配信系の作品で知らない役者がいっぱい出てきているじゃないですか。それと同じことが実現できたら素敵だなと思って。生きているうちにどこまで出来るか分かりませんが、今日お話しした“心の叫び”を少しでも実現していきたいですね。

佐藤:こういう時代ですから、色々なやり方があっていいですよね。どんどん間口を広げていかないと。僕らも楽しみながら取り組み、その結果、そういうことになるのであれば一石二鳥。本当に楽しみで仕方がないですから。

プロジェクトは発表されたばかりで、現時点では全貌は明らかになっていない。それでも、賛同者は日を追うごとに増すばかりで、590人のサポーターと2875万5000ポイントというサポート総額(ともに2月1日午後2時段階)が、「何が起こるのか目撃したい」という期待値の裏返しといえる。ベテラン監督陣の経験に裏打ちされた知性が、どのように爆発するのか大きな注目が集まっている。

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