「あの長回しを観た役者みんな、監督の作品に出たがった」 中村梅雀、故井上昭監督の魅力を語る
2022年1月27日 16:00
日本を代表する名匠・井上昭監督が1月9日、脳梗塞、肺炎のため死去した。93歳を迎えてなお、撮影現場で指揮を取り続けた末の大往生だった。
井上監督が手掛けた最新作「殺すな」が、1月28日から全国のイオンシネマで劇場上映される。藤沢周平による傑作時代小説を、時代劇専門チャンネルの製作、中村梅雀主演、柄本佑、安藤サクラらの共演で映像化。
このほど、井上監督の大ファンであり、幾度もタッグを組み、名作の数々を世に送ってきた梅雀がインタビューに応じた。監督の映画作りにかけるプロフェッショナリズムや、長回しに命をかける撮影風景など、さまざまな角度から「殺すな」のエピソードを語ってくれた。
※インタビュー取材は21年12月下旬に行われた。
「この橋を渡ったら、殺すぞ――」。筆づくりの内職をして糊口をしのぐ浪人・小谷善左エ門(梅雀)は、同じ長屋に住む船頭の吉蔵(柄本佑)から、一緒に暮らすお峯(安藤サクラ)の様子を見張ってほしいと頼まれた。
元は船宿の女将と抱え船頭だった2人は、密通のうえ駆け落ちし、ここで隠れるように暮らし始めたという。しかし、お峯は退屈な日々に虚しさを感じ始めていた。気晴らしのため、川向こうへと架かる橋を渡ってみたいとの思いに駆られるお峯。吉蔵は居場所が露見することを危惧し、「橋を渡るな」と厳命する。
すきま風が吹き始めた吉蔵とお峰を、善左エ門はかつての自分と、自ら手に掛けてしまった妻の姿に重ねあわせていたが、やがて……。訳あり男女3人、それぞれの思いが交錯する。
――柄本さんと安藤さんの印象はどうでしたか?
梅雀:思ったとおり、2人とも素晴らしかったですね。本番に入ったときの集中力はただものじゃない。お互いの空気を感じて演じているところに、「ああ、いい役者と共演させてもらってるな、素敵だな」と役者冥利につきるというか、生き甲斐を感じましたね
またあの、柄本さんと安藤さんの“小舟の上”のシーン! あの2人じゃないと醸し出せない、「なんてリアルなんだろう!」と驚いた(笑)。
――柄本さんや安藤さんは、井上監督のファンでもあるんですよね。
彼らとはしょっちゅう(監督の話を)していましたね。3人とも、井上監督と時間を共有するのを喜んでいた。サクラちゃんはものすごく緊張していて、「昨日眠れなくて……セリフ真っ白けになったらどうしよう」とよく言ってました。(本番では)そんなこと微塵も感じさせなかったけど(笑)。
撮影の瞬間を、すごくみんなが大事にしているのを感じました。思いが結集した作品です。実は柄本明さんも(本作の撮影現場を)見に来て、「出演させて欲しい」とさんざんお願いしてたみたい(笑)。それくらい、井上監督のファンがたくさんいるんですよ
――井上監督の魅力とは、例えば人柄や演出などでしょうか?
全部ですね。僕は井上昭という人間が大好きなんです。車や音楽の趣味もすごくぴったり合っていて、93歳にはとても思えない若々しさ。なんて魅力的な人なんだろう! それから撮影ですね。「よーいスタート」で始まって「カット!」。あの声でしびれますね、最高です。
井上監督が石橋蓮司さんと撮った「鬼平外伝 夜兎の角右衛門」での長回しは、圧倒的な魅力がありました。あれを観た役者がみんな、「井上監督の作品に出たい」と思ったんですよ。今、あんなふうに長回しで、あそこまで情感や世界を撮れる監督は他にいないですよ。
――今回、井上監督ならではと思ったシーンはどこでしょうか?
ほとんどのシーンが4分台のカットばかりで、肝心なところはずっと撮っていく……みんな、長回しに生き甲斐を感じているんですよね。「ここもワンカット!?」と驚くところもあった。
井上監督は役者を信じ、やってみさせて、こちらが「ええ~?」という決断をよくする(笑)。そうするとスタッフたちもうわ~っと動いて、ワンカットの準備をするんですよ。常にスタッフ全員が、井上監督の呼吸から目線、どこの何を見ているか、一生懸命察知しようとする集中力と、協力体制がすごい。井上監督の現場は本当にしびれます。
――「ここもワンカット!?」と驚いたとのことですが、例えばどの場面でしょうか?
佑くん演じる吉蔵が、酔っ払って帰ってくるシーン。実際は、「担いで出ていく」ところまでやってたんですよ、ワンカットで。
特に印象的だったのは、(梅雀演じる)善左エ門が妻を斬る雨のシーン。この現場のなかで、一番時間をかけて撮影しましたね。雨降らしや傘の飛ばし方とか、ほんのちょっとのところに監督が注文を出して、こだわって。そこは大事にしなきゃと、どんなに時間がかかってもいいやと。そのシーンの出番がない佑くんとサクラちゃんも見学に来て、終わるまでずっと見ていました。あの現場では特別なシーンです。
――コロナ禍での撮影となりましたが、意識していたことは?
もし風邪気味になっちゃったら、監督に移したらどうしようと、その思いが全員にありました。監督が撮影初日に一言、「疲れた」と言ったんですね。でも、現場が始まるとだんだん元気になっていった(笑)。本当にそれは良かったなと思います。無事に撮影ができたときは、みんな感動していました。
――役づくりでは、ヒゲに非常にこだわったとお聞きしました。
別に「ヒゲを生やしてくれ」と言われなかったんですが、絶対にいるだろうなと。というのも、井上監督と初めて会ったのが「剣客商売」の道場破りという作品。あのときに、井上監督が「ヒゲ、はやしてもらいますか」と最初におっしゃった。わかりました、はやします。やってみると、生のヒゲと付けヒゲはぜんぜん違うことが味わえた。今回僕は痩せた男の役で、白髪ですし、ヨレヨレ感をより演出したかった。「剣客商売」での経験があったので、今回は絶対にヒゲが必要だ、間違いないと思った。
――今回、若い共演陣から刺激を受けたことはありましたか?
佑くん演じる吉蔵が、(安藤サクラ扮する)お峯がいなくなって、暴れるじゃないですか。あれ、佑くんが本番で突然やったんですよ。わーっとなった瞬間に、柄本家のDNAが垣間見えた。おお、こうきたかと、心が躍りましたね。
彼は顔を見せずに(感情を表現してみせた)。僕ら世代は「顔を見せなきゃならない」みたいな何かにとらわれているけど、彼にはそれがない。そうだよな、いいよなと思いますね。僕ら世代って、これはこうでなければならない、と教育を受けてきた。しかし若い子は、そんなことは関係なくやるから、すごくいろいろ教わりますよ。こんな自由なことをやっているのかと、羨ましく思いますし、なんて俺は形式主義だと思ったりしますね。
でも時代劇をやっている以上は、その時代独特の所作も絶対にある。(もちろん、形式を忘れてはいけないときもあるとしたうえで)そのなかでも、感情表現は自由にできたらいいなと、つくづく思います。
――全編をご覧になって、率直な感想はいかがでしょうか?
濃密に井上監督作品。情感がもう隅々までぴしっと入っていて、画角も大きな空間をあけて、いろんなことを空想させる。想像させるって本当にすごい。音楽もすごかった。どの場面をとっても素敵で、子どもたちもいいし、CGもものすごくよくできているし驚いた。いろんな意味で、“たっぷりしたもの”をどんと受け取ったような充実感。また何度も観たくなりますね。自分が主演というのを別にして、客観的に。
――今作は映画館でも上映されます。大スクリーンで観ることの意義があります。
イオンシネマという、全国にあって入りやすい映画館で上映してくれる。この作品は、時代劇独特の楽しみ方を、1時間という短時間で色濃く味わえる“最高の作品”です。観客を飽きさせる瞬間がなく、どのカットも素敵。動いてようがしゃべっていようが、人間がいようがいまいが、すべてが印象的。エンドロールの字が流れることですら染み入ってくる。出演者はみんな自然体だし……一部ちょっと、色を出している人いますけどね、まああれも時代劇ならではということで(笑)。この作品を機会に、どんどんお客さんが増えて、「もっと時代劇」をという声が増えると嬉しいです。
「殺すな」は、1月28日から全国のイオンシネマで上映され、2月1日には時代劇専門チャンネルで放送される。