【「ワン・プラス・ワン」評論】ゴダールが描く、激動と混沌の60年代とストーンズの5日間
2021年11月28日 14:00
ジャン・リュック・ゴダールが撮ったローリング・ストーンズ。代表曲のひとつ「悪魔を憐れむ歌」のレコーディングをカメラで追う。ファンなら誰でも飛びつく映画だが、そこはゴダールである。一筋縄ではいかない。
「勝手にしやがれ」(60)で時代の寵児となり、その後「商業映画との訣別」を宣言したゴダールは、1968年に起こった五月革命に乗じて、トリュフォーやルルーシュらとカンヌ国際映画祭を中止に追い込む。翌6月、ロンドンに飛んだゴダールは、ミック・ジャガーとキース・リチャードが主導するレコーディングにカメラを向ける。何よりも画期的なのは、フィルム一巻分を一気に撮りきった一台のカメラによる映像だ。手持ちで移動を続ける長回しの撮影でメンバーたちの関係性が浮かび上がり、スタジオ内の空気を濃密にとらえたセッションの記録としても必見だ。
楽曲の完成形が見えているミックは、歌いながらメンバーに指示を出す。キースはベースを手にリズムを刻む。チャーリーのドラムスには日を追うごとにパーカッションが追加され、バンドの精神的支柱だったブライアン・ジョーンズは、抜け殻のような状態で黙々とギターを弾く。ベースのないビル・ワイマンは蚊帳の外で煙草を燻らせる。
「『イチ』足す『イチ』ではなく、『ワン・プラス・ワン』なのだ」というゴダールは、ストーンズの5日間(実際は11日間に及んだらしい)のレコーティング・セッションに、1960年代という時代を重ねていく。
63年、ベトナム戦争を始めたケネディ暗殺。翌年、ソ連ではフルシチョフが引退しコスイギンを経てブレジネフへと指導者が変わる。65年、米公民権運動の過激な推進者マルコムXが凶弾に倒れ、キューバ革命の雄チェ・ゲバラがボリビアで処刑されたのは67年。68年1月にプラハの春、泥沼化したベトナムは更なる混沌へと突き進み、4月にはマーティン・ルーサー・キングが暗殺されている。
ゴダールは時代を象徴する描写を試みる。ブラック・パワーのアジトでは「氷の上の魂」を読み戦闘準備を進める。ロンドンの街路にはスプレーを手にした女が現れ記号を刻む。風俗誌が並ぶ本屋では「わが闘争」を謳う店主に客たちが忠誠を誓う。「エヴァのすべて」と題されたチャプターでは、緑が濃い森で革命闘争のヒロインがテレビの取材を受ける。矢継ぎ早に繰り出される質問に対する答えは「YES」か「NO」か。ゼロかイチか。ゴダールは既にデジタル感覚だったのだ。
2021年8月24日、常にクールな佇まいで転がり続けたチャーリー・ワッツが亡くなった。享年80歳。バンドは現在アメリカツアーを続けているが、もはやチャーリーの姿はない。ブライアン・ジョーンズはバンド脱退直後の69年7月に自宅のプールで溺死。享年27歳。死因は麻薬による不慮の事故とされた。撮影当時ジャン・リュック・ゴダールは37歳、90歳となった今も現役の映画監督である。
五月革命 1968年に5月に起こった学生と警官の衝突に端を発するゼネスト活動
「氷の上の魂」ブラックパンサーのエルドリッジ・クリーヴァーの著書/刑務所内で書かれた活動記録。
「わが闘争」ナチ党指導者のアドルフ・ヒトラーの著作。第1巻は1925年、第2巻は1926年に出版された。
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