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【アソカ・ハンダガマ監督「その日の夜明け」インタビュー】この映画はある意味、ネルーダが書かなかった詩とも考えています

2021年11月7日 21:00

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「その日の夜明け」
「その日の夜明け」

現在開催中の第34回東京国際映画祭コンペティション部門に、アソカ・ハンダガマ監督作「その日の夜明け」が選出されている。チリの国民的詩人で外交官でもあったパブロ・ネルーダは、25歳の1929年、イギリス領セイロンに赴任した。海辺の家の生活は、当時の愛人の訪問や、タミール女性に対する劣情で、心が千々に乱れていく。「ネルーダ回想録」に触発された、あまり脚光を浴びなかった時期が斬新な手法で描かれていく。監督は「この翼で飛べたら」(02)で東京国際映画祭アジア映画賞を受賞したアソカ・ハンダガマ。植民地時代のスリランカを描いた点でも興味深い。

――どのような経緯で製作されるようになったのですか。

アソカ・ハンダガマ(以下、ハンダガマ監督):20世紀を代表する詩人で、活動家であり革命家のパブロ・ネルーダが、1929年から31年にかけてチリの大使としてスリランカ(当時のセイロン)に滞在していたと知り、大変驚きました。76年に出版された「ネルーダ回想録」の中に、一章だけスリランカに滞在していた話が「Luminous Solitude」という題名で書き込まれていました。

その部分に、トイレを毎日掃除に来ていた、カーストの低いタミールの女性とセックスをしたと書かれていて大きな衝撃を受けました。当時は浄水システムがなく、トイレは家の外にあり、専門に掃除をしていたのがタミール人でした。回想録を読んだ衝撃からこの脚本を書き始めました。それが12年ほど前のことです。その後、私は4本の作品を作り、ようやく昨年に撮影することができたのです。

――長年、温めてきた題材だったのですね。

ハンダガマ監督:パブロ・ネルーダに関する映画は、これまでも数多く発表されてきました。ただ、それは主に彼が世界的に有名な詩人として認められて以降の話です。若き日のことは、これまで描かれていませんでした。私は、なぜこれまで誰も触れることがなかったのかと疑問に思い、それがこの映画を撮るモチベーションになったのです。

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――ネルーダが行なった行為に衝撃を受けたと言われましたが、もう少し詳しく説明していただけますか? 映画を見ると確かにとても衝撃的ではあるので、なぜこういう風に作っていこうと思われたのか。これまでのネルーダのイメージを覆す意図があったのですか?

ハンダガマ監督:私がもっとも衝撃を受けたのは、この女性がカーストの中でも最下層だったということです。その人たちを触ってさえいけないという、文字通りアンタッチャブルな人たちです。なぜそのカーストの女性とセックスをしたいという気持ちを抱いたのか、彼はほかの手記の中でも、いろいろ告白しています。

彼の手記は20世紀後半に出版されて、それは21世紀へのひとつの夜明けになったと、私は考えています。それまでは、女性が被害者の物語は伏せられて、あまり人々の目に触れることがなかった。それが現代では、MeToo運動をはじめ、被害状況がどんどん表に出てきています。そういった風潮もあるので、彼の事件というのも、ある種違った目線から見られると思いました。彼の頭の中で何が起こり、女性にセックスを求めたのか、とても興味を持ちました。

――当時、カーストが存在していたという事実が一方であり、それにあえて手を出したネルーダのふるまいが加害者的であると、そういう観点をお持ちだということですね?

ハンダガマ監督:ネルーダ自身、活動家で社会主義者でした。マルクスにも心酔していた人で、特に下に見られていた人に対する思いや気持ちがあったのではないかと推察されます。ただ、忘れてはいけないのは、彼の精神状態は女性に対して混乱していた、ということです。スロベニアの哲学者、スラヴォイ・ジジェクがこの事件について、「彼は女性を文字通りクソのように扱った」と言っています。私は、より深いアングルでこの事実を描く必要があると思って作りました。この映画はある意味でネルーダが書かなかった詩と考えています。

――作品が出来上がるまで時間がかかったのは、何か理由があったのですか?

ハンダガマ監督:「ネルーダ回想録」以外に資料がなく、リサーチする必要がありました。伝えたいものだけをセレクトして焦点を当てたかったので、取捨選択に時間がかかってしまいました。これはフィクションであり実話ではありませんが、真実でないわけではありません。

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――アプローチとしては普通のストーリーテリングではない印象がありました。これは、テーマとシンクロさせているということでしょうか?

ハンダガマ監督:この映画で、私はリアリズムを追求するつもりはありませんでした。登場人物の精神のうちで何が起きているかを、いろんなシンボリズムを使って描きたかったのです。起こっていることはネルーダの頭の中だけのことかもしれない。タミールの女性が着ているサリー、あれは赤です。赤というのはリベレーションみたいなものを象徴していますし、犯されたあと彼女は海に入って一生懸命自分の体を清めます。彼女が海から上がると現代になっています。そして、彼女は観客に対して向かい合って正視するわけです。今の時代に、彼女のような女性を人はどういうふうに見るのかを象徴しました。

――キャスティングに関しては、どのように選ばれたのですか?

ハンダガマ監督:ネルーダの役は、スペイン系、チリのラテン系の人を探したくて、国際映画祭で知り合った人たちのつてを頼りました。幸運にも、スペイン人のルイス・J・ロメロに出会いました。彼は俳優であると同時に詩人で、ネルーダのほとんどの詩を暗唱できるくらいのファンでもありました。タミール女性役はリティカ・コディトゥワックといい、私の前作「Let Her Cry」でも主役を演じています。

――描写がかなり生々しく、スリランカの映画としては画期的な印象です。

ハンダガマ監督:私の映画は、他のスリランカ映画とは一線を画しています。私は常にさまざまな映画的表現を探求しています。今回の映画の描き方は、ネルーダのこと、事件のことを考えながら脚本を書いている段階で、自然発生的に生まれたものといえますね。

――監督から見たスリランカ映画はどういったものなのでしょうか?

ハンダガマ監督:スリランカの映画産業の規模は小さなものです。1947年頃から始まり、1956年には最初の作品がカンヌでも上映されました。以来、スリランカの映画は世界中の映画祭で上映もされています。作られている映画は二種類に分けられます。ボリウッド的な商業的な作品と、私の作っているようなアートハウス向け作品です。

2002年に東京国際映画祭で、『この翼で飛べたら』で私が賞を頂いた時に審査員から、「これまでニューウェイブといわれるものが映画の歴史には存在し、それはフランスでもありイランでもある。これからはスリランカも期待したい」と言って頂きました。ただ、私の「レター・オブ・ファイヤー」は、2005年の東京国際映画祭で上映されましたが、政府からは上映が禁止されました。以降は、だんだん自由に映画が作れるようになっては来ています。

インタビュー/構成:稲田隆紀(日本映画ペンクラブ)

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