カンバーバッチに“残忍な牧場主役”をオファーした理由 キーとなったのは「役のもろさを表す資質」
2021年10月17日 10:00
人気シリーズ「SHERLOCK シャーロック」で知られるベネディクト・カンバーバッチが主演し、第78回ベネチア国際映画祭銀獅子賞(最優秀監督賞)を獲得したNetflixの話題作「パワー・オブ・ザ・ドッグ」が、第59回ニューヨーク映画祭で上映。カンバーバッチのほか、監督のジェーン・カンピオン、共演のキルステン・ダンスト、コディ・スミット=マクフィー、撮影監督のアリ・ウェグナーが記者会見に出席し、作品についての思いを語った。(取材・文/細木信宏 Nobuhiro Hosoki)
本作の舞台は、1920年代のモンタナ州。高圧的な態度で人に接するフィル・バーバンク(カンバーバッチ)は、彼とは対照的な弟ジョージ(ジェシー・プレモンス)とともに、大牧場を経営しながら暮らしていた。ある日、ジョージが未亡人のローズ(ダンスト)と結婚。息子ピーター(マクフィー)とともに、バーバンク兄弟の家に迎え入れることになった。それをいぶかしく思ったフィルは、ジョージやローズだけでなく、ピーターにまでも、残酷で執拗な攻撃を仕掛け始める。しかし、ある事件をきっかけに、フィルは人々を傷つけていることを意識し始め、彼の中に人を愛することへの可能性が芽生えていく。
原作は、1967年に出版されたトーマス・サベージの同名小説。あまり世間では知られていない作品だが、カンピオン監督は「父親の2番目の妻ジュディスは、多くのニュージーランド人と同様に、とても読書家なんです。彼女が『素晴らしい小説だから、あなたも興味を持つかもしれない』と言って、小説を送ってくれました」と“出合い”を明かす。
カンピオン監督「ちょうど『トップ・オブ・ザ・レイク 消えた少女』を終えたばかりで、読み進めていくと、どんどん興奮させられる内容でした。その読書体験が、とてもスリリングなものだったんです。世間のことをよく認知している人が書いたような内容で、作家E・アニー・プルーの書評が、内容をより理解させてくれるものでした。ただ、その時点では、映画化をするつもりはなかったんです。でも、小説に書かれていたテーマを、2、3週間にわたって、何度も熟考することになりましたね。ある意味、惹きつけられたんです」
特に惹きつけられたのは「複雑な男らしさ」をつづっていること。そこから本の著作権などを調べ上げ、カンピオン監督は映画化にまい進することになった。
一方、カンバーバッチは、原作について「素晴らしい読み物だ。映画化をすることで、さまざまなことに派生し、人々が書棚から拾い上げ、この本を読むことで何かを発見してほしい。一度読んだ人は、それを再発見することを望んでいます」と思いを述べた。「この小説には、驚くべき簡潔さ、一種の野蛮で暴力的な美しさがある。それが巧妙に記されていて、この時代に書いた小説としては、複雑なテーマにも取り組んでいる。現代の感性に訴えかけるものがあるんです」と教えてくれた。
カンピオン監督は、脚色の過程についても話してくれた。
カンピオン監督「プロデューサーで親友でもあるターニャ・セガッチアンとは、脚本構成において『原作のどこを省き、何を残すか』という点にについて話し合いました。我々は、別の時代にフラッシュバックすることを避けて、一つの時代だけを通して描くことをルールとして決めていました。原作に記されているブロンコ・ヘンリー(伝説的なカウボーイ)というキャラクターは、ストーリー上では大きな存在。原作では一度も彼と出くわすことがないので、それをいかに、観客に理解させて、感じさせるか。新たな発見をしてもらう方法を考え出そうとしていました。そのため、映像化をする場合、何が簡単か、何が難しいのかを判断し、(脚色の際は)物事を変えたり、作成する必要がありました。“ゴースト的な存在”であるブロンコ・ヘンリーへの愛が重要になってくる点も、ピーターがフィルに対して、そのブロンコ・ヘンリーの姿を見出しているからなんです」
アメリカでは、カンバーバッチの演技が高評価となっており、オスカーノミネートが確実視されているほど。カンピオン監督は、キャスティングの経緯について話し始めた。
カンピオン監督「私はベネディクトの作品がずっと好きだったんです。『それでも夜は明ける』のフォード役、最近出演したテレビシリーズ……、以前から素晴らしい俳優だと思っていました。フィルという人物は、残酷なことを口にします。この役柄を引き受けたことで『人々が俳優に対してどう思うか』ということが気がかりで、それを心配することがないような人物を探していたんです。それと、この役に自ら進んで挑戦してくれる人が必要でした。そんな時に、ベネディクトが脚本を読んで、気に入ってくれたんです。彼は、役柄のもろさを表す素晴らしい資質を持っていました。フィルというキャラクターは、観客に『この人物のことは、何も知りたくない』と思わせてしまう要素があります。でも、ベネディクトが持つ生真面目な中身が、フィルの苦悩と思いやりをもたらしてくれました」
ダンストは、カンピオン監督とのタッグについて「実は、私が20代前半の頃、ジェーンが『一緒に仕事がしたい』と記した手紙をくれたことがありました。今でも、その手紙は保管してあります。皆さんには既に明らかだと思いますが、彼女は私のお気に入りの監督。いつも彼女の作品に期待しています。彼女の作品は、自分のキャリアにおいてやりたい仕事のタイプで、女優としての私も刺激してくれる。だから、ジェーンは常に女性のために、そんなパフォーマンスを引き出す“最前線の監督”だと思っています」と語っていた。
ピーター役のマクフィーは「実は、フィル役のオーディションを受けたんですが、ダメでした……(笑)。それで僕の役はなんでしたっけ? そうそう、ピーターでした」とジョークを飛ばす。「ピーターは、幾重にも複雑さが重なるキャラクター。原作では何らかの秘密の使命に追われ、最後の10ページを読み、彼が何かをやり遂げることを知るまでは、そんな人物だとは予想することができませんでした。そして、その“最後の10ページ”が、役に惹かれる要因となったんです。一度読んでから、また脚本を読み直した際には、かなりのチャレンジが必要な役柄に思えてきましたね。ジェーンに会ってみると、彼女は僕に何かしらの可能性を見出してくれた。あまり慣れていないことにも挑戦させてくれました」と振り返っている。
ウェグナーは、カンピオン監督が「長期の撮影にオープンだった」と述懐。「私とジェーンは、撮影の1年前から準備期間に入っていました。その期間に、大体のロケーションや、どの時期に撮影をするのかを決めたんです。カメラを回す前に丘を登り、谷を下ったりしながら、バーバンク牧場や象徴的な山脈を見つけ出し、お互いを知ることができたんだと思います。もっとも撮影は厳しい体験でした。でも、この準備期間を経て、ジェーンと友人になれて良かったと思っています」と話していた。
「パワー・オブ・ザ・ドッグ」は、11月19日から一部劇場で公開され、12月1日からNetflixで配信。第34回東京国際映画祭(10月30日~11月8日)のガラ・セレクション部門にも選出されている。
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